ある日突然、上司から「今期のボーナスは出ない」と告げられたら。
あるいは「ミスの罰則として給料を1ヶ月分カットする」と言われたら、あなたはどう対処しますか。
実は、こうした減給や賞与カットには法律で明確な「上限」と「ルール」が定められています。
知っているか知らないかで、数十万円の差が生まれることも珍しくありません。
この記事では、会社員も経営者も知っておくべき「お金を守るための法律知識」をお伝えします。
ボーナスカットや給料カットに悩む人が増えている
先日、知り合いからこんな相談をいただきました。
「仕事でちょっとしたミスをしたら、1ヶ月分の給料を全額カットすると通告されました。これって法律的に問題ないんですか?」
結論から言えば、これは重大な法律違反です。
しかし、こうした違法な減給やボーナスカットは、残念ながら珍しい話ではありません。
業績が悪化した年には「業績悪化」を盾にボーナスを丸ごとカットしたり、ちょっとしたミスを口実に給料を大幅に減らそうとしたりする企業が少なからず存在します。
問題は、多くの会社員がこのルールを知らないことです。
「会社が決めたことだから仕方ない」と泣き寝入りしてしまう方が非常に多い。
でも、日本の労働法は思っている以上に「労働者を守る」仕組みになっています。
では、具体的にどんなルールがあるのか。順を追って見ていきましょう。
労働基準法第91条の壁
実は懲戒処分としての減給には上限があるのです。
1回のミスで減給できるのは「半日分の給料」まで
まず、会社員が最も知っておくべき法律が労働基準法第91条です。
この条文は、就業規則に基づく懲戒処分としての減給について、明確な上限を定めています。
1回の減給額は、平均賃金1日分の半額まで
つまり、1つのミスや問題行動に対して会社が差し引ける金額は、だいたい半日分の給料が上限です。
たとえば、直近3ヶ月の賃金総額が90万円(月給30万円)、その期間の総日数が90日の場合、平均賃金は1万円。減給できる上限は、その半額の5,000円です。
冒頭の相談のように「1ヶ月分の給料を全額カット」などというのは、この基準を大幅に超えた完全な違法行為ということになります。
1ヶ月の減給総額にも上限がある
もう一つルールがあります。
1ヶ月の減給総額は、その月の賃金総額の10分の1まで
仮に複数のミスがあり、それぞれに対して減給処分を受けたとしても、1ヶ月間で差し引ける合計額には天井があります。
月給30万円なら、3万円が上限です。
つまり、10回のミスで5,000円×10回=5万円の減給処分が科されたとしても、実際に差し引けるのはその月は3万円まで。
残りの2万円分は翌月以降に繰り越されることになります。
この「二重の上限」を設けることで、労働者の生活を守っているわけです。
違反すると会社側に罰則がある
この上限を超えた減給処分を行った場合、会社側には30万円以下の罰金が科される可能性があります(労働基準法第120条第1号)。
「知らなかった」では済まされません。
会社を経営する立場の方は、このルールを必ず押さえておく必要があります。
賞与カットの落とし穴
次に賞与カットの話を見ていきましょう。
賞与も「賃金」である
ここで多くの経営者が考えるのが、「給料で引けないなら、賞与(ボーナス)で調整すればいい」という発想です。
しかし、ここにも落とし穴があります。
労働基準法第11条では、賞与も「賃金」の一部として位置づけられています。
つまり、懲戒処分としてボーナスから減額する場合にも、労基法第91条の上限が適用される可能性があるのです。
賞与から減給する場合の上限も、原則として1件あたり平均賃金1日分の半額まで、総額は賞与額の10分の1までとなります。
ただし「査定の結果として」のカットは別の話
ここが非常に重要な区別です。
懲戒処分としての賞与カットと、人事査定の結果としての賞与減額は、法律上の扱いがまったく異なります。
懲戒処分として「罰」の趣旨で賞与を減額する場合 → 労基法91条の上限が適用される
一方で、就業規則に「業績や勤務成績に応じて賞与額を決定する」「業績悪化時には減額または不支給とすることがある」と規定されている場合、その規定に基づいて査定の結果として賞与が下がること自体は、基本的に違法ではありません。
つまり、「あなたのミスに対する罰としてボーナスをカットする」と言えば労基法91条の制限がかかりますが、「今期の査定結果を踏まえてこの金額になった」であれば、別の話になるわけです。
通告の「一言」で結論が変わった実例
私が実際に関わったケースでは、かなり大きな問題を起こした従業員の賞与を全額カットした事例がありました。
問題の内容からすれば、賞与カット自体は妥当なレベルのものでした。
しかし、上司がその通告の際に「◯◯の件で懲戒処分にあたるから賞与をカットする」と発言してしまったのです。
その従業員はこの発言を録音しており、弁護士に相談。
結果として「懲戒処分としての減給」と認定され、賞与の10分の1までしかカットできないという結論になりました。
本来であれば「査定の結果として賞与が減額された」という形をとれば問題なかったにもかかわらず、通告時のたった一言が結論を覆してしまったのです。
これは経営者の方にとって非常に重要な教訓です。
業績悪化を理由にしたボーナスカットは許されるのか
次に業績悪化を理由としたケースを見ていきましょう。
法律上、賞与の支給は義務ではない
ボーナスカットの問題を考える上で、まず押さえておくべき前提があります。
それは、法律上、賞与の支給自体は企業の義務ではないということです。
労働基準法の通達(昭和22年9月13日発基17号)では、賞与は「定期又は臨時に、原則として労働者の勤務成績に応じて支給されるものであって、その支給額が予め確定されていないもの」と定義されています。
つまり、毎月の給与とは異なり、ボーナスをいくら払うか、そもそも払うかどうかは、基本的に会社の裁量に委ねられているのです。
就業規則の書き方がすべてを決める
ただし、就業規則や労働契約で賞与について具体的に規定している場合は話が変わります。
たとえば「賞与は夏季に基本給の2ヶ月分、冬季に3ヶ月分を支給する」と明記されている場合、会社にはその金額を支払う義務が生じます。
業績悪化を理由に一方的にカットすることは、労働契約の不履行として違法になり得るのです。
一方で、多くの企業の就業規則には、次のような「逃げ道」が用意されています。
「会社の業績の著しい低下その他やむを得ない事由により、支給額を減額、又は支給しないことがある」
このような規定がある場合、業績悪化を理由としたボーナスカットは、原則として違法にはなりません。
ですから、まず確認すべきは自社の就業規則における賞与の規定がどうなっているかという点です。
「慣習」が契約になるケース
もう一つ注意が必要なのが、長年の慣習です。
就業規則上は「その都度決定する」と書かれていても、実際には毎回基本給の2ヶ月分が支給され、それが10年、20年と続いているような場合には、「労使慣行」として支給義務が認められる可能性があります。
ただし、慣習として認定されるためには相当な長期間にわたって同じ運用が続いている必要があり、そう簡単に認められるものではありません。
「自分だけ」ボーナスをカットされたら
ボーナスカットの中でも、特に問題になりやすいのが「一人だけ」減額されるケースです。
特定の個人だけの減額は「パワハラ」の疑い
業績悪化による全従業員への一律カットであれば、不公平感はあっても法的な問題にはなりにくい。
しかし、周囲は通常通り支給されているのに自分だけカットされた、あるいは自分だけ極端に減額されたという場合、それは不当な差別的取り扱いに該当する可能性があります。
特に注意すべきは以下のようなケースです。
「上司と個人的に折り合いが悪い」→ 評価者の個人的感情に基づくカットは違法
「有給休暇を多く取得した」→ 正当な権利行使を理由としたカットは違法
「育児休業を取得した」→ 育介法上の不利益取扱いに該当し違法
「退職を申し出た」→ 報復的なカットは違法の可能性が高い
賞与には「これまでの労働に対する対価の後払い」という性質と、「今後の貢献への期待」という性質の両方があるとされています。
少なくとも前者の部分については、退職予定であっても支払われるべきものです。
評価に客観性と公平性があるかを確認する
自分だけがカットされた場合に最初にやるべきことは、会社に減額の理由と根拠を確認することです。
客観的な人事評価基準に基づいた結果なのか、それとも恣意的な判断なのか。
ここを確認することが、その後の対処の方向性を決めます。
給料カットにも厳しいルールがある
ここまで主にボーナスカットについて見てきましたが、「給料カット」についても触れておきましょう。
基本給の一方的な減額は原則違法
毎月の基本給は、ボーナスよりもさらに厳しく保護されています。
基本給は労働契約の根幹をなす労働条件であり、会社側が一方的に減額することは原則として認められません。
給料を下げるためには、原則として労働者本人の合意が必要です。
就業規則の不利益変更による減給
会社側が「業績が悪いから全員一律で基本給を下げたい」という場合は、就業規則の不利益変更という手続きが必要になります。
就業規則を労働者に不利に変更する場合、原則として労働者の合意が必要です。
ただし、合意がなくても以下の条件を満たせば例外的に認められることがあります(労働契約法第10条)。
・変更に合理的な理由があること
・労働者代表の意見を聴取すること
・労働基準監督署への届出
・変更後の就業規則を従業員に周知すること
これらの要件をすべて満たす必要があります。
有名な判例として「第四銀行事件」(最高裁平成9年2月28日判決)があります。
判例では、不利益変更の合理性を判断する要素として、労働者が被る不利益の程度、変更の必要性、変更内容の相当性、代償措置の有無、労働組合との交渉経緯などが総合的に考慮されるとされました。
つまり、単に「業績が悪いから」というだけでは、一方的な給料カットは認められないのです。
詳しくはこちらの記事を御覧ください

会社から損害賠償を請求されるケース
ここまでは会社側が違法になるパターンを見てきました。
では逆に、会社が従業員に対して損害賠償を求めることはできるのでしょうか。
労基法第16条の原則と例外
労働基準法第16条には、「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない」と規定されています。
つまり、「遅刻したら罰金1万円」「ミスをしたら5千円」のような事前の取り決めは違法です。
しかし、実際に会社が被った損害について損害賠償を請求する権利自体は否定されていません。
損害賠償が認められるケース
たとえば、次のような場合です。
業務上横領、つまり会社のお金を着服した場合。
ライバル企業に機密情報を売却した場合(競業避止義務違反)。
故意に事故や損害を発生させた場合。
このような犯罪行為や故意による損害については、会社が従業員に損害賠償を請求することは当然認められます。
ガリバーインターナショナル事件
故意ではなくても、従業員に重大な過失がある場合は損害賠償が認められるケースがあります。
代表的な判例が「ガリバーインターナショナル事件」(東京地裁2003年12月12日判決)です。
中古車販売大手ガリバーの店長が、通常は代金入金後に納車するルールだったにもかかわらず、入金前に車両を引き渡してしまい、会社が損害を被った事案です。
裁判所は、店長がルールを守らなかったことに重過失を認め、損害額の2分の1について賠償を命じました。
逆に言えば、全額の負担は免れたということです。
N興業事件
他に有名な裁判に「N興業事件」があります。
これは営業担当者が請求書の作成を怠ったために未回収が発生したことからそれを損害賠償しろという裁判です。
請求書の作成を忘れていたというのはそれなりに起こりそうなミスかなと思います。
しかし、裁判では請求書の未提出が多すぎることから社員の責任が大きいとして損害額の4分の1の負担が命じられました。
通常のミスなら心配しすぎなくてよい
一方で、業務上起こりうる通常レベルのミス
たとえばレジで釣り銭を間違えた、食器を割ってしまったといった程度であれば、損害賠償が認められる可能性は低いです。
どの程度のミスなら大丈夫かという明確な基準はなく、個別の状況で判断されます。
ボーナスカット・給料カットをされたときの具体的な対処法
次にもしカットされてしまった時の具体的な対処法を考えてみましょう。
就業規則と雇用契約書を確認する
まず手元に用意すべきは、就業規則と雇用契約書です。
賞与に関してどのような規定がされているか、減額や不支給の条件が明記されているかを確認してください。
就業規則は、常時10人以上の労働者を使用する事業場では作成・届出が義務付けられています(労基法第89条)。
会社は労働者からの閲覧要求に応じる義務がありますので、遠慮なく確認を求めましょう。
会社に減額の理由と根拠の説明を求める
次に、減額の理由を具体的に説明してもらいましょう。
「業績悪化」であればどの程度悪化しているのか、「成績不良」であれば評価基準と評価結果は何か。
客観的な根拠の提示を求めることは、労働者の正当な権利です。
ここでのやり取りは、できる限り書面やメールなど記録が残る形で行うことをおすすめします。
専門家に相談する
自分だけでの解決が難しい場合は、以下の窓口に相談できます。
労働基準監督署——無料で相談でき、法律違反が認められれば会社への指導・是正勧告が行われます。
総合労働相談コーナー——各都道府県の労働局に設置されており、あっせん(裁判外紛争解決)の利用も可能です。
弁護士・社会保険労務士——具体的な請求や交渉が必要な場合は、専門家の力を借りることを検討してください。
未払い賞与の請求
違法なカットであると判断される場合、差額を会社に請求することができます。
まずは直接交渉し、それでも解決しない場合は内容証明郵便での請求、労働審判、最終的には訴訟という段階を踏むことになります。
経営者が知っておくべき「正しいボーナスカットの手順」
この記事は会社員向けだけでなく、経営者の方にもぜひ読んでいただきたい内容です。
ボーナスカットをめぐるトラブルの多くは、「従業員への説明不足」と「就業規則の整備不足」から生まれます。
就業規則の規定を適切に整備する
賞与に関しては、「業績や勤務成績に応じてその都度決定する」「業績の著しい低下等により支給しないことがある」といった柔軟性のある規定にしておくことが重要です。
「基本給の◯ヶ月分」と確定額で規定してしまうと、業績悪化時にも支払義務が発生してしまいます。
十分な説明と丁寧な対応を心がける
たとえ法的に問題がなくても、一方的なカットは従業員の信頼を損ない、離職やモチベーション低下を招きます。
業績悪化が理由であれば、具体的な数値(当期利益の変動、経営状況の推移など)を示したうえで、「業績回復後には賞与支給を再開する」という見通しも合わせて伝えることが望ましいでしょう。
「罰としてカット」と言わない
先ほどの実例でもお伝えした通り、懲戒処分としてのカットと査定結果としてのカットでは、法律上の制限がまったく異なります。
管理職や人事担当者に対して、この区別を正しく教育しておくことが、トラブル防止の第一歩です。
まとめ
この記事のポイントを整理します。
懲戒処分としての減給には、1回あたり平均賃金1日分の半額まで、月の総額で賃金の10分の1までという法律上の上限がある。これはボーナスにも適用され得る。
業績悪化によるボーナスカットは、就業規則に減額・不支給の可能性が規定されていれば原則合法。ただし確定額が規定されている場合や長年の慣習がある場合は違法になり得る。
自分だけカットされた場合は、差別的取り扱いやパワハラの疑いがある。理由と根拠の説明を求めることが第一歩。
基本給の一方的な減額は原則違法。労働者の合意か、合理的な就業規則変更の手続きが必要。
損害賠償は、犯罪行為や故意・重過失の場合には認められるが、通常業務のミスでは認められにくい。
日本の労働法は、基本的に労働者を守る方向で設計されています。
しかし、その保護を受けるためには、まず自分自身がルールを知っておく必要があります。
「知らなかった」ために不当な扱いを受け入れてしまうのは、あまりにもったいない。
逆に、経営者の方も知らずに法律違反を犯してしまうリスクがあります。
この記事が、あなたの「お金を守る知識」の一助となれば幸いです。
何かあったときに「あの記事に書いてあったな」と思い出していただけるよう、ぜひブックマークしておいてください。

