「黄金株(ゴールデン・シェア)」——最近、日本製鉄が米U.S.スチールを買収交渉する過程で、この耳慣れない言葉が急浮上しました。
ニュースを追っている投資家の皆さんなら、「政府が 拒否権を持つ特別な株?」と何となくイメージはあるものの、その実態まではつかみにくいのではないでしょうか。
そこで本稿では、黄金株の基本から国内外の活用事例、今回の買収劇で話題になった“米国版黄金株”の行方まで、分かりやすく解説します。
そもそも黄金株とは?
まずは話の前提となる黄金株とはなんなのかについて見ていきましょう。
拒否権(veto)を1株で握る特別株式
黄金株は、会社の定款に定めた重要議案に対して、たった1株でも拒否権を発動できる株式を指します。
英国の民営化企業で多用された仕組みが語源で、持ち主が国家や自治体の場合、「民営化後も一定の国益を守る安全弁」として機能します。
通常株とどう違う?
普通株は議決権が1株=1票ですが、黄金株は「特別決議事項」に限り強い拒否権が付与される点が異なります。
ブロックできる項目は定款変更・重要資産の譲渡・経営統合など、国策やエネルギー安全保障に直結するテーマが中心です。
今回のU.S.スチールの黄金株の「特別決議事項」については具体的な内容はまだ出てきていません。
日本で黄金株を発行しているのは“INPEXだけ”
ちなみに黄金株はそれほどメジャーな仕組みではありません。(株の勉強をすると教科書などには載っていますが)
実は日本で発行しているのは1社だけなんですよ。
INPEX(国際石油開発帝石)のみ
2024年現在、東京証券取引所に上場する企業で黄金株を発行しているのはINPEXただ1社。
経済産業大臣が甲種類株式1株を保有し、エネルギー安定供給に重大な影響を与える議案に限定して拒否権を行使できる構造です。
今回のU.S.スチールもアメリカ政府に発行という話がでていますので似た形になりそうですね。
なぜ他社は導入していない?
日本の会社法上、黄金株(種類株式)の発行は可能ですが「一般株主の権利を著しく害さないこと」「取締役会承認・定款変更が必要」などハードルが高く、実務上は国策会社に限られています。
そのため、現在1社のみの発行となっているのでしょう。
米国に“黄金株文化”はあるの?
それでは米国株ではどうでしょう?
原則として黄金株発行企業は存在しない
米国は「1株1票」の平等原則を重んじる伝統が強く、政府が拒否権を持つ黄金株の制度設計はほぼ前例がありません(Dual Class株は経営者の議決権維持が目的で、政府保護とは別物)。
代わりに安全保障案件では CFIUS(対米外国投資委員会) が買収後も「特別安全協定(SSA)」や「代理取締役制度(Proxy Board)」を通じて経営をモニターします。
実質的に政府の目による 拒否権が働く点は黄金株と似ていても、法形式は株式ではなく合意書という違いがあります。
今回の買収で“米政府の黄金株案”が浮上
日本製鉄によるUSスチール買収条件として、米政府が1株の黄金株を保有し、取締役選任や国内生産量に拒否権を行使する案が報じられました。
黄金株発行自体が米国ではレアケースのため市場が驚いたわけですね。
なぜ黄金株が今回クローズアップされたのか
おそらく今回黄金株がクローズアップされたポイントは以下の点です。
視点 | 背景 | 黄金株が解決する懸念 |
---|---|---|
国家安全保障 | 米鉄鋼は国防産業の裾野。中国の過剰生産圧力も意識 | 重要設備の国外流出をブロック |
雇用・地域経済 | ペンシルベニア州を中心に約2万人の雇用を抱える | 生産拠点・雇用維持に義務を課す |
経営の独立性 | 買収後に日本流ガバナンスへ急変するリスク | CEO・取締役の米国人過半を条文化 |
株主平等原則 | 米投資家への説明責任 | 黄金株を「政府のみが持つ1株」に限定し希薄化を回避 |
黄金株なら「1株だけでも拒否権」という特徴で国益ラインを死守し、通常経営は民間に委ねる“いいとこ取り”が可能になります。
トランプはUSスチールは米国企業でいてほしいとの話を繰り返ししています。
しかし、日本製鉄からすれば単なる提携で子会社にならない企業に技術を教えたり、投資するのはリスクが大きすぎます。
そこで折衷案として苦肉の策として考え出された話なのかもしれませんね。
投資家が知っておくべき黄金株のメリット・デメリット
それでは投資家なら知っておくべき黄金株のメリット・デメリットについて考えて見ましょう。
黄金株のメリット
買収防衛コストの抑制
ポイズンピルなどと違い、発行時点で拒否権が確定するため継続コストが低いです。
つまり、負担が少ないってことですね。
国策維持の安心感
エネルギー・通信などインフラ企業の長期安定配当を支える“お墨付き”。
ちなみにINPEXの場合「政府保有1株」は議決権比率にカウントされず、配当も基本ゼロです。
株主価値の長期最大化
国のサポートが背後にある点でリスクプレミアムが低下しやすいというのもメリットでしょう。
持ち主が移動しない限り、株主構成に大きな希薄化をもたらさないですしね。
黄金株のデメリット
一般株主のガバナンスが弱まる
政府が株主提案を拒否できるため、一般の株主のガバナンスは弱まります。
経営が硬直化する恐れがあるでしょう。
どこまで口を出すかによりますね。
今回のUSスチールの件はそこが怖いところかもしれません。
流動性の低下
黄金株保有が解除条件になるM&Aは敬遠されやすく、株価ディスカウント要因になりかねません。
買収しようという企業はよほど現れないでしょうしね笑
INPEXは業績がよいのに株価がなかなか上がらないのはこの部分もあるかもしれません。
政治リスク
政権交代や政策転換で黄金株行使基準が変わる可能性もあります。
トランプの人気は4年です。
その後にどう対応が変わるのかちょっと怖いところもあります。
黄金株の持ち主の考え方次第によっては足かせになりかねないという部分もあるのです。
今後のシナリオ:米国版黄金株は“輸入”されるか?
今回の黄金株の話は今後も含めて注目なんですよ。
CFIUS協議の行方がカギ
黄金株が最終契約に明記されるかは、CFIUSと日本製鉄の協議次第。
過去のSSAに比べて形式が“株式”に変わるだけなら、法制上は前例主義の米国でも容認される可能性があります。
日本製鉄側も拒否権の「特別決議事項」次第によっては受ける可能性もあるでしょう。
他分野への波及
今回のUSスチールの話でうまくまとまると半導体やEV電池など基幹産業にも同様のスキームが広がる可能性があります。
そうなれば「米国版黄金株」が定着するかもしれません。
投資家としては対象企業の定款に“黄金株Class G(Golden)”の文字がないか要注目です。
まとめ
今回は「日本製鉄のUSスチール買収で注目!「黄金株」っていったい何?」と題して黄金株についてみてきました。
1株で拒否権を握る黄金株は、国家と市場をつなぐ最後の安全弁として設計されたツールです。
今回の日本製鉄×USスチール案件では、米国が例外的に黄金株モデルを導入する可能性が浮上し、世界の M&A 実務にもインパクトを与えています。
USスチール買収の進展を追いながら、日本株・米国株の長期ポートフォリオ戦略に活かしていきましょう。
ちなみに「黄金株」は良い株、儲かる株という意味で使われていることもありますので、混同しないように気をつけましょう。
(本記事は公開日時点の報道・開示資料を基に執筆しています。投資判断は自己責任でお願いします。)

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