サブプライム自動車ローンを手がけるトライカラー・ホールディングスが破綻し、Bloombergが炭鉱のカナリアでは?との記事を書くなど第二のリーマン・ショックを引き起こすのではないか?との不安が広がっています。
今回はトライカラー・ホールディングスの破綻の影響について考えてみましょう。
自動車版サブプライムで今なにが起きているのか
2025年9月10日(米時間)、サブプライム自動車ローンを手がけるトライカラー・ホールディングスが連邦破産法第7条(清算型)を申請。
申立書には債権者2.5万人超、負債総額は10億〜100億ドルと記載され、JPモルガン、バークレイズ、フィフス・サードなどの大手行がウェアハウス型与信枠の貸し手として名を連ねています。
清算に至った背景として、同一担保の重複差し入れ疑惑に米連邦検察が捜査入りしたことが報じられました
市場インパクトとしては、トライカラー由来の自動車ローンABSの上位トランシェが額面78セント、劣後トランシェが12セントまで急落。
KBRA(クロール)は7本のTAST(Tricolor Auto Securitization Trust)取引の34クラスを格下げ方向のウォッチに置き、ムーディーズも複数クラスを格下げ方向で見直しへ。
局地的ながら価格・格付の両面でストレスが顕在化しています。
「自動車 サブプライム」市場の規模感と今回の特殊要因
まず押さえたいのは規模感です。
自動車ローンABS市場は約800億ドル規模で、住宅ローン由来の巨大な証券化市場に比べれば桁が小さい。
さらに、この約30年、自動車ローンABSは概して損失が限定的というデータもあります。
もっとも、金利上昇と雇用の軟化が続く環境では脆弱な部分にひびが入りやすく、今回は不正疑惑というトライカラー特有の要因が火に油を注いだ格好です
炭鉱のカナリアか?延滞率と家計の痛みというマクロの「におい」
ブルームバーグは今回の破綻を「炭鉱のカナリア」と表現。
フィッチ試算のサブプライム自動車ローン60日超延滞率は2025年1月に6.56%で統計開始以来の最高、高止まりが続きます。
さらにニューヨーク連銀の家計債務分析では、90日超の深刻な延滞が2020年初以来の高水準。
注目すべきは年収15万ドル超の高所得層でも延滞が過去2年で約2割増と、痛みが裾野広く広がっている点です
用語解説:炭鉱のカナリアとは
「炭鉱のカナリア」とは、人間には感知できないような無色無臭の有毒ガスなどの危険をいち早く察知し、その存在を知らせてくれたカナリアに由来する言葉で、まだ見えない危険やリスクを早期に警告してくれる人や物事を指す比喩表現です。
昔、欧米で炭鉱員が地下に降りるとき、行列の先頭がカナリアのカゴを持って炭鉱に入って、カナリアが変な動きをすると炭鉱内にメタンガスのような有害ガスが多いと判断し、炭鉱員をいち早く危険地域から逃げさせる役割を持たせたところからきています。
相場においても暴落の予兆という意味合いでよく使われます。
トライカラー破綻の伝播経路:証券化とノンバンク、そして大手行
大手行は直接のサブプライム融資を絞る一方、ノンバンクに与信を供与し、ABS再組成で投資家に販売するモデルが広がってきました。
今回のケースでも、JPモルガン/バークレイズ/フィフス・サードがウェアハウス型貸し手として名前が確認され、フィフス・サードは最大2億ドルの損失見込みを開示。
ノンバンクを介したリスク移転という距離”の取り方が、逆流時にはパイプを通じた波及となり得る点は無視できません。
同時に、ABSの多層トランシェ構造は損失吸収のためのクッション(OC、劣後、リザーブ、超過利ざや)を持ち、バックアップ・サービサーの存在も平時は安定要因です。
今回、KBRAがTAST全34クラスをウォッチへ、ムーディーズも見直しへと動いたのは、サービサー機能・データ正確性の懸念が増したためで、証券化の設計そのものというよりオペレーションとガバナンスの信頼性が焦点です。
「第二のリーマン・ショック」か?結論は“現時点ではノー、ただし条件付き”
次に第二のリーマンショックになり得るのか?について考えてみましょう。
先に結論から見ておくと現時点では“第二のリーマン”級のシステミックリスクの蓋然性は低いと見ます。
理由は3つ。
理由1:市場規模と構造の違い(自動車版サブプライム)
自動車ABSは市場規模が住宅MBSより小さく、期間も短め。担保(車)の差し押さえ・再販による回収メカニズムも機能しやすく、歴史的に損失は限定的でした。
自動車は差し押さえて回収しやすいこともあり、日本でも自動車のローンはかなり通りやすいと言われていますね。
残クレアルファードなんかもそのあたりも部分が大きいです。

理由2:今のところ“局地的ショック”
価格急落や格付けウォッチはトライカラー由来のABSに集中。他社の類似不正が次々に露見していない限り、ストレスは限定範囲にとどまる公算が大きい。
価格面の78セント/12セントといったディストレスは深刻ですが、“点”から“面”に広がるには連鎖材料が必要です。
理由3:大手行の与信は“パイプ役”が中心
大手行の関与はノンバンクへの与信・倉庫融資が主。
フィフス・サードの最大2億ドル損失見込みは痛手ではあるものの、自己資本を揺るがす規模には達していないと読むべき数字です。
ただし、条件付きのノーです。
延滞率の高止まりが長期化し、複数のノンバンクでデータ不正・ガバナンス不全が連鎖すれば、ABS投資家のリスク回避→新規組成の停滞→与信の収縮という循環で実体経済に波及し得ます。炭鉱のカナリアという比喩は、「ここで手を打てば連鎖は避けられる」という警鐘として受け止めるべきでしょう
自動車版サブプライムと住宅版の決定的な違い
リーマンショックの引き金となった住宅のサブプライムローンと自動車のサブプライムローンの違いを押さえておきましょう。
返済不能時の回収
車は短期で差し押さえ・再販が比較的容易(リカバリーは市況次第)。
住宅に比べ回収プロセスが早い。
期間・デュレーション
自動車ローンは短めで価格変動リスク(長期金利感応度)が小さい。
ロールダウンで自然にリスクが減衰する側面。
市場規模・セカンダリー参加者の裾野
ABS市場規模が小さいため、機関投資家の集中度が高くなりやすい。
逆に言えば火の手は見つけやすい。
投資家が“損しないため”に見るべき5つの指標
投資家が今後見ておくべき指標をみておきましょう。
サブプライム自動車ローンの延滞率(60日・90日超)
Fitchの60日超、NY連銀の90日超。
“上がる局面はポジションを軽く、下がり始めたら徐々に戻す”という損失回避の順序で
トライカラー由来ABSの価格・格付け動向
上位トランシェ“78セント”、劣後“12セント”が底入れか一段安か。
KBRA/ムーディーズのアクション更新も要チェック。
ノンバンク各社の開示・当局対応(データ整合性/サービシング)
データの正確性は証券化の生命線。
DOJ捜査や監督当局の方針、バックアップ・サービサーの切替実務を確認。
大手行の信用費用・引当増加の開示
フィフス・サードの損失見込みは「上振れ・下振れ」を含め注視。
他行の倉庫枠も注目。
家計全体のストレス指標(カード、学生ローン、オート)
高所得層の延滞増は実体経済への“におい”となり得ます。
家計の広がり方を見誤らない。
「日本への影響」は?為替・金利・金融株で冷静に
直接の伝播経路は限定的ですが、米消費の減速観測→金利観測→為替(円)の経路で日本の株式市場にセンチメント波及はあります。
自動車セクターは米中古車価格・在庫動向と合わせて慎重にモニターしましょう。
日本の金融機関の与信エクスポージャーは米地銀のウェアハウス枠ほど直接的ではない一方、グローバル債券・クレジットファンドを経由した価格変動には要注意です。
資産配分の微修正も
延滞率のトレンド悪化局面ではリスク資産を薄く、改善兆候で段階的に戻すなど資産の配分の微妙性を検討しても良いでしょう。
短期イベントでボラが跳ねた局面ほど新規投資は“分割・時間分散”を徹底をおすすめします。
金利・クレジット連動セクターの見直し
米金利観測とクレジットスプレッドの連動を前提に、金融株・ディフェンシブ債券のバランスを最適化。
局地ショックの“飛び火”が薄いうちに再点検をしましょう。
まとめ
今回は「自動車版サブプライムは第二のリーマンショックを引き起こす?トライカラー破綻と「炭鉱のカナリア」を見落とさない対策」と題して自動車版サブプライムについて考えてみました。
「第二のリーマン?」という直感は理解できますが、今回は規模・構造が異なる局地ショックの色彩が濃いのが現実です。
延滞率のトレンド・ABS価格・格付けアクション・大手行の信用費用という4点セットを定点観測すれば、過度に恐れず、“損しにくい”意思決定ができます。
炭鉱のカナリアという比喩は、早めの手当で連鎖を断つための合図として生かしましょう

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