セル・イン・メイ(Sell in May)。株は5月に売れ
この格言、株式投資をしていれば一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。
毎年4月の終わりが近づくと、SNSやニュースで必ず誰かが口にする"季節の風物詩"のような言葉です。
しかし、ここで一度立ち止まって考えてみてください。
その格言、本当に「5月に売れ」と言っているのでしょうか?
実は、この有名な格言には、多くの人が知らない"続き"があります。
そして、その続きを知らずに「5月に売る」だけを実行している人は、過去のデータを見るかぎり、かなりの確率で機会損失を抱え込んでいる可能性があるのです。
この記事では、セルインメイの本当の意味、日本市場での過去45年分の実績、そして「では、私たち日本人投資家は結局どうすればいいのか」という問いに、データと歴史の両面から正面から答えていきます。
読み終える頃には、来年の5月から、相場との付き合い方が少し変わっているはずです。
セルインメイの本当の意味│"売り"より"戻ってこい"が本質
まず、最初に押さえておきたい大切な事実があります。
セル・イン・メイは、実は前半部分しか語られていないのです。
正式な格言は、こうです。
Sell in May, and go away, don't come back until St Leger day.
直訳すると、「5月に売って去れ。そして、セントレジャー・デーまで戻ってくるな」となります。
「セントレジャー・デー」とは、毎年9月の第2土曜日にイギリス・ドンカスターで開催される競馬の伝統レース「セントレジャー・ステークス」のことです。
つまりこの格言は、本当は次のように解釈すべきものです。
「5月に売る」ではなく、「戻ってくる時期まで含めた一連の行動指南」だったわけですね。
前半だけを切り取って「セルインメイ=5月に売れ」と覚えると、本来の意図とはまったく違う行動をしてしまう可能性があるのです。
起源は19世紀のロンドン社交界
そもそも、なぜ5月なのでしょうか。
格言が生まれたのは、19世紀のイギリスとされています。
当時のロンドンでは、貴族や銀行家、富裕な投資家たちは、夏になると蒸し暑い都市を離れ、田舎の別荘で長いバカンスを過ごす習慣がありました。
そして、9月の競馬シーズン(セントレジャー・ステークス)が始まる頃にロンドンへ戻り、再び投資活動を再開していたのです。
主要な市場参加者が一斉に市場を離れるため、夏場は取引量が細り、株価も停滞しがちになる。
この経験則が「5月に売って、競馬の頃まで戻ってくるな」という格言として定着したわけですね。
なぜ5月に売るのか│4つの仮説
格言の由来は分かりましたが、「では、なぜ現代でもこの傾向が観察されるのか」については、実はいくつかの仮説が並立しています。
決定打と言えるものはなく、複数の要因が絡み合っていると考えるのが妥当です。
代表的な仮説は次の4つです。
ヘッジファンドの45日ルール
米国のヘッジファンドの一部は6月決算を採用しており、解約は決算の45日前までに通知する必要があります。
逆算すると5月中旬がデッドラインとなり、ポジション整理の売りが出やすくなる、という説です。
夏季休暇による取引参加者の減少
欧米の機関投資家は6〜8月に長期休暇を取る傾向があります。
市場の流動性が低下し、出来高も細るため、相場が動きにくくなるという見方です。
日本でもお盆前後は「夏枯れ相場」と呼ばれ、似た現象が観察されます。
米国の新学期前の手仕舞い
9月の新学期を控え、夏休み前の6〜8月に投資の手仕舞いが集中するため、5月から先回りして売りが出る、という解釈もあります。
日本特有の決算発表の集中
3月決算企業が多い日本では、4月下旬から5月中旬にかけて本決算の発表がピークを迎えます。決算が出尽くした後は新しい材料が乏しくなり、株価が動きにくくなるという構造的な理由が指摘されています。
ここで一つ、興味深い視点を示してみたいと思います。
これらの仮説が本当に正しいかどうかは、実は二の次なのです。
重要なのは、「これだけ多くの市場参加者が"5月は売り"と意識している」という事実そのものが、相場を動かしてしまうという点です。
投資の世界には「美人投票」という有名な概念がありますが、皆が「5月は弱い」と思っていると、その心理が実際に売りを誘発し、結果として格言が"自己実現"してしまう。
これがセルインメイの隠れた正体ではないかと、私は考えています。
日本でも当たる?45年データで検証する「セルインメイ」の実力
ここから、いよいよデータの話に入っていきます。
日本市場でも、セルインメイは本当に機能しているのでしょうか。
松井証券が公表している、日経平均株価の月別平均騰落率(1980年1月〜2025年9月、約45年分)を見てみましょう。
| 月 | 平均騰落率 | 月 | 平均騰落率 |
|---|---|---|---|
| 1月 | +0.51% | 7月 | -0.06% |
| 2月 | +0.09% | 8月 | -0.34% |
| 3月 | +1.01% | 9月 | -0.84% |
| 4月 | +1.53% | 10月 | +0.34% |
| 5月 | +0.45% | 11月 | +1.66% |
| 6月 | +0.31% | 12月 | +1.36% |
(出所:Bloombergのデータをもとに松井証券が作成。前月終値に対する騰落率の平均)
このデータ、じっくり見ていただくといくつかの発見があります。
5月そのものは"プラス"
意外に思われるかもしれませんが、5月の平均騰落率は+0.45%で、プラスです。「セルインメイ」と聞くと「5月は下がる月」というイメージを持ちがちですが、過去45年の平均で見れば、むしろ穏やかな上昇月なのです。
実際に検証してみた結果はこちらをごらんください。

一年で最悪なのは「9月」
最もパフォーマンスが悪いのは、9月の-0.84%です。
8月(-0.34%)、7月(-0.06%)と続き、夏場全体として相場が伸び悩む傾向は確かに読み取れます。
つまり、格言の言う「5月から9月まで離れていろ」という指南は、月別平均で見ると「5月に売る」というよりも「9月の底に向けて警戒せよ」と読み替えるほうが、データ的には正確に近いのです。
11〜4月は強いが真実
逆の角度から見ると、11月(+1.66%)、12月(+1.36%)、3月(+1.01%)、4月(+1.53%)と、11月から4月にかけてはハイパフォーマンスの月が並びます。
ここで思い出してほしいのが、米国で別名として使われる「ハロウィン効果」です。「10月末(ハロウィン)に買って、5月末に売る」という考え方ですね。
日本のデータにも、この"冬場が強い"傾向は綺麗に表れています。
「セルインメイ」より「セルインエイプリル」?日本流の意外な答え
ここで、もう一段踏み込んだ話をします。
マネックス証券の証券アナリスト・長谷部翔太郎氏は、過去30年の日経平均月別パフォーマンスを分析し、ある興味深い指摘をしています。
「日本では『セルインメイ』ならぬ『セルインエイプリル』がアノマリーと言えるのかもしれません」
出所:マネックス証券「マネクリ」2024年5月1日掲載コラム
つまり、売るなら5月ではなく、4月だというのです。
理由はシンプルです。先ほどの45年データでも見たとおり、4月(+1.53%)は年間で2番目にパフォーマンスが高い月です。3月決算の本決算発表前の期待感で、ぐっと押し上げられる傾向があります。
そして決算が出尽くしたあと、5月以降は徐々に勢いを失っていく。
格言が「下がる前に売れ」と言っているのなら、論理的に正しいのは「上がっている4月のうちに利確すること」になるわけですね。"下がってから売る"のでは、もう遅いのです。
これは、米国生まれの格言を、日本市場の構造(3月決算企業の多さ)に合わせてローカライズした、非常に示唆に富む視点だと思います。
世界的にはセルインメイは単なる迷信ではない
セルインメイは学術研究でも、一定の季節性は確認されています。
Bouman and Jacobsenの有名な論文「The Halloween Indicator, Sell in May and Go Away」は、37の先進国・新興国市場のうち36市場で、11月から4月の株式リターンが5月から10月より高い傾向が見られたとしています。
また、2021年にJournal of International Money and Financeに掲載されたZhang and Jacobsenの研究では、世界中の株価指数の過去データを検証し、11月から4月の6か月リターンが、5月から10月より平均で約4%高いとされています。
このあたりを見ると、セルインメイは完全な迷信とは言い切れません。
しかし、ここで重要なのは、「季節性がある」と「それだけで儲かる」は別問題だということです。
Dichtl and Drobetzの2014年の研究では、ハロウィン効果を使った投資戦略が有意にアウトパフォームするという仮説は棄却されたとされています。
つまり、こういうことです。
セルインメイという季節性は、過去データ上は存在感があります。
しかし、それを売買ルールとして単純化しても、必ず勝てるわけではありません。
これは投資で非常に大事な話です。
「傾向がある」と「勝てる」は違います。
「当たりやすい」と「儲かる」も違います。
「過去にそうだった」と「今年もそうなる」は、まったく別の話です。
信じすぎは危険│格言を盲信した人を待つ「3つの罠」
ここまで読んで、「なるほど、日本株は4月に売って秋に買い戻せばいいのか」と思った方、ちょっと待ってください。
ここからが、この記事の最も大切な部分です。
格言通りにタイミング売買をすることには、データが示す残酷な落とし穴があります。
45年で見ても、当たる年は半分程度
日経平均の月別データはあくまで「45年の平均」です。
年ごとに見れば、5月から夏場にかけて大きく上昇した年も山ほどあります。
たとえば2020年。新型コロナで世界中が混乱していた時期ですが、5月以降のS&P500は驚くべき上昇を見せ、年内に過去最高値を更新しました。
「セルインメイ」を律儀に守った人は、歴史的な反発局面を取り逃したわけです。
姉妹格言にあたる「節分天井、彼岸底」も、過去17年で的中したのは7回(約41%)でしかありませんでした。
つまり、相場格言というのは、当たることもあるし、外れることもある。そのレベルの話なのです。

累積リターンで「持ち続けた人」に圧倒的に負ける
ここで、最もインパクトのあるデータをご紹介します。
サクソバンク証券のグローバル投資戦略責任者ヤコブ・ファルケンクローネ氏が、2000年以降のS&P500を分析した結果です。
| 投資戦略 | 累積リターン |
|---|---|
| 11月〜4月だけ投資 | 約210% |
| 5月〜10月だけ投資 | 約29% |
| 一年中投資し続ける | 約299% |
(出所:サクソバンク証券レポート 2025年5月)
注目していただきたいのは、3行目です。
「セルインメイ」を守って冬だけ投資した人のリターンは210%、「逆セルインメイ」で夏だけ投資した人は29%。
確かに、冬のほうが圧倒的にパフォーマンスは良い。
しかし、何もせずただ持ち続けた人の累積リターンは299%。
冬だけ投資した人を、なんと89ポイントも上回っているのです。
これは、何を意味しているのでしょうか。
夏場のパフォーマンスは確かに弱い。
でもプラスはプラスです。
そのプラスを取り逃すコストが、長期では非常に大きい。
さらに、「いつ売って、いつ買い戻すか」という意思決定を毎年繰り返すコスト(取引手数料、税金、判断ミスのリスク)も積み重なっていきます。
ウォーレン・バフェット氏の有名な言葉があります。
「私は、明日株式市場が閉鎖されて5年間再開しないかもしれない、という前提で投資している」
季節格言を追いかけることは、この哲学の対極にあるわけですね。
心理的なコスト│「買い戻せない」問題
もう一つ、データには表れにくいが、実は最も大きな罠があります。
それは、「売ったあと、買い戻せない」という心理的な壁です。
仮に4月に株を売ったとしましょう。
そして、5月から相場が下がり始めれば「やっぱり売って正解だった」と一安心するはずです。
しかし、もしそこから下げ止まらず、6月、7月とさらに下げていったらどうでしょうか。
「もう少し待てば、もっと安くなるかも」と感じて、買えません。
逆に、5月から上昇してしまった場合はどうでしょう。「高値づかみになるのは嫌だ」と感じて、これも買えません。
結局、いつ「買い戻すべきか」の判断は、いつ「売るべきか」の判断より100倍難しいのです。
これが行動経済学でいうところの「アンカリング効果」(最初に見た価格に判断が縛られる)と「損失回避性」(同額の利益より損失のほうが2倍重く感じる)の合わせ技です。
格言を守ろうとして、結局相場に戻れないまま大きな上昇を取り逃す。
これが、タイミング投資の最大のリスクだと、私は実感しています。
それでも知っておきたい│セルインメイの「賢い使い方」3選
「では、セルインメイは無視していいのか?」と聞かれれば、私の答えは「No」です。
完全に無視するのではなく、使い方を変えるのが賢明だと考えています。
具体的には、次の3つの活用法をおすすめしています。
「過信」のブレーキとして使う
4月に相場が好調だと、つい「もっと買い増ししよう」という気持ちになります。
そんなとき、「そういえば、5月以降は弱い傾向があったな」と思い出せると、過剰なリスクテイクを抑える効果があります。
アクセルを踏みすぎないためのブレーキ、という使い方ですね。
「買い増し」のチャンスを意識する
逆の発想で、「夏場に下がる傾向があるなら、その時期は買い増しのチャンス」と捉えるのも有効です。
長期投資家にとって、安く買える時期は仕込み時です。
NISAやiDeCoで積立投資をしている方なら、夏場に追加でスポット購入を検討する目安になります。
「現金比率」の調整材料として使う
タイミングよく全部売る、というのは難しい。
でも、「夏場に向けて、ポートフォリオの現金比率を5%ほど高めにしておく」程度の調整なら、心理的にも実行しやすいですし、暴落時の追加投資余力も確保できます。
絶対視せず、リスク管理の一つの参考材料として使う。
これが、過去のデータと向き合った末の、現実的な落とし所だと思います。
まとめ│格言は道具、振り回されてはいけない
長くなりましたので、最後に要点を整理しておきます。
- セル・イン・メイの本来の意味は「9月中旬まで戻ってくるな」であり、「5月に売る」だけではない
- 日経平均の45年データを見ると、5月の平均騰落率は+0.45%とむしろプラス。最弱は9月の-0.84%
- 日本では「セルインメイ」より「セルインエイプリル」のほうが、データ的には合理的という指摘もある
- ただし、2000年以降のS&P500では「持ち続けた人(299%)」が「冬だけ投資した人(210%)」を大きく上回る
- 格言は絶対視せず、過信のブレーキ・買い増しの目安・現金比率の調整材料として使うのが賢明
投資の世界には、「セルインメイ」のような魅力的な言葉がたくさんあります。
しかし、データを掘り下げて見れば、その実態は「半分当たる、半分外れる」程度のもの。
それを"絶対のルール"として使うのは、むしろ危険なのです。
筆者自身、長年の投資経験を通じて行き着いた結論は、ごくシンプルです。
「相場の格言に振り回されず、自分の投資戦略に組み込めるものだけを、道具として使う」
iDeCoやつみたてNISAでドルコスト平均法を活用していれば、5月だろうが9月だろうが、淡々と買い続けるだけで、長期的には大きな果実が得られます。
逆に、格言に振り回されて売買を繰り返す人ほど、長期では成績が落ちていく傾向にあります。
来年の4月末、SNSで「セルインメイ警戒!」という言葉を見たとき、この記事を思い出していただければ嬉しいです。きっと、慌てずに済むはずですから。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

