自動車メーカーのWEBサイトで車種を検討していたら、以前お世話になったディーラーの担当者から、まるで計ったかのようにスマートフォンに着信が入る。
こんな背筋がゾッとした経験はありませんか?
私も先日、この経験がありましたので今回は記事にしてみました。
「近くに寄ったので」「久しぶりにご機嫌伺いを」……営業担当はそう言葉を濁すかもしれません。
しかし、断言しましょう。
それは偶然ではありません。あなたの「購入意欲(温度感)」が、彼らの管理画面上で赤く点滅したからです。
これは、決してオカルトでも、盗聴でもありません。
現代のビジネスにおける「資産」であるデータを活用した、極めて合理的かつ冷徹なマーケティング・オートメーション(MA)のなせる業なのです。
本記事では、この「不気味な体験」の裏側にある技術的なカラクリを解き明かし、Webトラッキングの法的妥当性、そして何より、「監視されている側」であるあなたが、逆にこの状況を利用して有利に商談を進めるための『知恵』をみていきます。
情報は、知っている者だけが得をし、知らぬ者は搾取される。それが資本主義のルールです。
今回はそんな営業の舞台裏を覗いてみましょう。
なぜWebサイトを見ていることが分かるのか?
まず、企業があなたのWebサイト閲覧行動を把握する主な技術について解説します。
Webトラッキング
ここでキーワードとなるのが「Webトラッキング」です。
これは、Webサイト上のユーザーの行動を追跡・分析する技術の総称です。
企業はサイト内に「タグ」と呼ばれる目に見えないプログラムを埋め込んでいます。
これにより、以下の情報がリアルタイムで企業側に送信されます。
どの人が(IPアドレス)
何回訪問したか(頻度)
どのページを見たか(車種、オプションページ、見積もりなど)
どれくらいの時間見ていたか(滞在時間)
どこまでスクロールしたか(熟読度)
逆に言えばWEBサイトを訪問しただけではその程度しか記録されません。
しかし、そこにもう一つの情報が入ることで大きく使われ方が変わるのです。
「Cookie(クッキー)」です。
Cookieは、1994年にネットスケープ・コミュニケーションズ社のプログラマーが、ショッピングサイトのカートに商品データを保存できるようにするために開発しました。
Cookieには主に2種類があります。
- ファーストパーティCookie:訪問したサイト自体が発行するもの。ログイン情報の保持などに使用
- サードパーティCookie:訪問サイト以外の第三者が発行するもの。複数サイトをまたいだ追跡に使用
以前にそのディーラーを利用した経験がある場合、あなたの顧客情報(名前、電話番号、メールアドレスなど)がディーラーのシステムに登録されています。
そして、その情報とCookieが紐づいている可能性が高いのです。
マーケティングオートメーション(MA)
MA(マーケティングオートメーション)とは、マーケティング活動の一部を自動化するためのツールです。
見込み顧客の行動データを可視化し、適切なアプローチを可能にします。
MAツールの重要な機能の一つが「Webトラッキング」です。
これは、Cookieを活用して「誰が、いつ、どのページを、どのくらい閲覧したか」などの情報を記録・分析します。
では、なぜあなたが特定されるのでしょうか?
MAツールでは、登録された見込み顧客のメールアドレスとCookieを紐づけることができます。
紐づけるためには、「入力フォームを通過してもらう」か、「メールをクリックしてもらう」かのいずれかが必要です。
つまり、過去にそのディーラーで車を購入した際にメールアドレスを登録し、ディーラーからのメールをクリックしたことがあれば、あなたのCookieと個人情報は既に紐づいている可能性が高いのです。
プレゼント企画などで登録を誘導しているケースも多いですね。
CRM(顧客管理システム)との連携
自動車ディーラーでは、CRM(Customer Relationship Management)と呼ばれる顧客管理システムが広く活用されています。
CRMには、顧客の氏名、住所、電話番号だけでなく、過去の購入履歴、車検時期、点検履歴、家族構成なども記録されています。
SalesforceやZoho CRMなどの大手CRMツールは、自動車業界向けの機能を備えており、多くのディーラーで導入されています。
MAツールとCRMが連携することで、「Aさんがサイトの価格ページを見ている」という情報がリアルタイムで営業担当者に通知される仕組みが構築できるのです。
単に見ているだけでは、忙しい営業マンはいちいち電話をかけません。
多くの会社はMAツールとCRMを使ってあなたの行動を「スコア化(点数化)」しています。
例えばこんな感じですね。
| 行動 | スコア(例) | 意味 |
| トップページ閲覧 | +1点 | 通りすがり |
| 新型車の紹介ページ閲覧 | +3点 | 興味あり |
| 見積もりシミュレーション実施 | +20点 | 購入検討中(ホットリード) |
| 「価格・ローン」ページ閲覧 | +15点 | 予算確認中(本気度高) |
| 1週間以内に3回訪問 | +30点 | 比較検討の最終段階 |
「合計スコアが50点を超えたら、担当営業に即時メール通知を飛ばす」などという自動化ルール(シナリオ)が設定されているのです。
あなたが「どのオプションがいいかな……」と悩み、見積もりページを行き来しているその時、営業担当のスマートフォンにはこんな通知が届いています。
【激アツ注意】〇〇様が「新型◯◯」の「価格ページ」を現在閲覧中。最終接触から3ヶ月経過。直ちに架電推奨。
これが、あなたが「偶然?」と感じた電話の正体です。
彼らにとって、これは偶然ではなく、システムが弾き出した「勝てる確率の高い必然のタイミング」なのです。
リバースIPルックアップ
「でも、メールをクリックした覚えも、ログインした覚えもない」という場合もあるでしょう。
その場合に考えられる、その他の技術についても触れておきます。
Webサイトにアクセスした際、あなたの接続元の「IPアドレス」は必ず相手に伝わります。
IPアドレスは“ネット上の住所のようなもの”ですが、IPだけで個人情報が特定できるわけではありません。
しかし、IPアドレスを企業情報データベースと照合することで、「今、〇〇株式会社の人がアクセスしている」と割り出す技術が「リバースIPルックアップ」です。
企業は電話番号を多くは公開していますので、それを使って電話をしてきているのです。
個人の方で、顧客情報の登録もなく「メーカーサイトを閲覧しただけ」で、あなたの電話番号をゼロから割り出す(魔法のように)ことは通常は起きにくいということですね。
ほんとに偶然
本当に偶然なケースもありえます。
車検・点検・保険更新・キャンペーン時期・決算月などで、既存客に順番に電話する運用は普通にあります。
あなたがたまたま同じ時期に調べていたため、「見られてた!」と感じるというパターンですね。
車を買い替えたいと思う時期は車検前や新車発売の時期などだいたいパターンが決まっていますので、そのパターンを狙って電話をしたという可能性もあります。
営業電話が来るまでの具体的な流れ
では、あなたがWebサイトを閲覧してから営業電話がかかってくるまで、具体的にどのような流れで情報が処理されているのでしょうか。
過去の情報登録
以前にそのディーラーで車を購入した際、あなたの個人情報(名前、電話番号、メールアドレス、購入車種など)がCRMに登録されました。
その後、ディーラーからお礼メールやキャンペーンメールが届き、そのリンクをクリックした時点で、あなたのCookieと個人情報が紐づけられました。
逆に言えば全く今まで接点のない会社からの営業電話はいくらWEBサイトを訪問してもありえないってことですね。
私の場合はそのディーラーと接点がありましたので、情報が当然取られていたのでしょう。
サイト閲覧の検知
数年後、車の買い替えを検討し始めたあなたは、メーカーやディーラーのWebサイトで新車の情報を調べ始めます。
この時、あなたのブラウザに保存されたCookieにより、MAツールは「既存顧客であるAさんが、〇〇車種の詳細ページ→価格ページ→オプションページの順に閲覧している」という情報を取得します。
スコアリングとアラート
MAツールは、顧客の行動に対してポイント(スコア)を付与します。
例えば、「製品ページ閲覧で1ポイント」「価格ページ閲覧で3ポイント」「見積りページ閲覧で5ポイント」といった具合です。
スコアが一定値を超えると、「購買意欲の高い見込み顧客」として営業担当者にアラートが自動送信されます。
営業電話
アラートを受け取った営業担当者は、CRMから顧客情報を確認し、「〇〇様、以前は弊社で車をご購入いただきありがとうございました。現在、買い替えをご検討でしょうか?」と電話をかけてきます。
これが、「サイトを見ていたら営業電話がかかってきた」現象の正体です。
偶然ではなく、極めて計算された営業手法なのです。
この営業手法は違法なのか?
「勝手に行動を監視されているようで気持ち悪い」「これは違法ではないのか?」と感じる方も多いでしょう。
結論から言うと、現行の日本の法律では、この営業手法自体は直ちに違法とはなりません。
ただし、いくつかの注意点があります。
個人情報保護法とCookie
2022年4月に改正個人情報保護法が施行され、Cookieの取り扱いに関する規制が強化されました。
ポイントは「個人関連情報」という概念が新設されたことです。
Cookie単体では特定の個人を識別できないため、それだけでは「個人情報」には該当しません。
しかし、他の情報と組み合わせて特定の個人を識別できる場合、規制の対象となります。
つまり、自社で取得したCookie情報を自社内で利用する分には、法的な問題は基本的に生じません。
ただし、第三者にデータを提供する場合には、本人の同意が必要になる場合があります。
2023年6月には改正電気通信事業法も施行され、「外部送信規律」として、ユーザーへの通知や公表が義務付けられました。
多くのサイトで「Cookieを利用しています」というバナーが表示されるようになったのは、このためです。
特定商取引法と営業電話
営業電話そのものに違法性はありませんが、電話のかけ方や対応方法によっては、特定商取引法に抵触する可能性があります。
特定商取引法では、以下の行為が禁止されています。
- 事業者名や勧誘目的を明示しないこと(法第16条)
- 一度断られた相手に再度勧誘すること(法第17条)
- 事実と異なる説明をすること(法第21条)
- 威圧的な態度で契約を迫ること
違反した場合は、業務改善指示、業務停止命令、さらには刑事罰(個人は3年以下の懲役または300万円以下の罰金、法人は3億円以下の罰金)の対象となる可能性があります。
企業の「リスク」と「リターン」
ここで、企業側の視点も考えてみましょう。
企業もバカではありません。
「監視されているようで気持ち悪い」と顧客に嫌われる「レピュテーションリスク(評判リスク)」については重々承知しています。
それでもなぜ、彼らは電話をかけるのか?
答えはシンプルです。
「その方が圧倒的に売れるから」です。
具体的には以下のような成約率だと言われています。
- コールドコール(手当たり次第の電話): 成約率 0.1%以下
- ホットリードへの架電(閲覧直後の電話): 成約率 10〜15%以上
ビジネスにおいて、100倍以上の効率差は無視できません。
彼らは「1人に嫌われるリスク」よりも「10人に車が売れるリターン」を天秤にかけ、後者を選んでいるのです。
これが資本主義といえばそうですね。
消費者として知っておくべき自衛策
このような営業手法は不快に思われる方も見えるでしょう。
その場合に消費者として取れる対策をご紹介します。
Cookieの管理
一番効果があるのはそもそもCookieを管理することです。
具体的には以下のようなことが考えられます。
- ブラウザの設定でCookieを定期的に削除する
- プライベートブラウジング(シークレットモード)を使用する
- サイト訪問時のCookie同意バナーで「必要なもののみ許可」を選択する
- Safari(Apple)やFirefoxなど、トラッキング防止機能が充実したブラウザを使用する
多くの場合はこれらを実行すればもうこの手の営業手法は取れなくなります(情報が得られなくなる)
営業電話への対応
次に営業電話への対応です。
具体的には以下のようなことが考えられます。
- 興味がない場合は、「必要ありません」とはっきり伝える
- どういう経路でお電話いただきましたか?と確認する
- しつこい場合は、「再勧誘は特定商取引法違反です」と伝える
- 「今後の連絡は控えてください」と明確に意思表示する
- 必要に応じて、個人情報の利用停止・削除を請求する
多くの場合はこれでリストから外してもらえます。
個人情報の取り扱いを確認する
過去に利用した企業のプライバシーポリシーを確認し、データの利用目的や第三者提供の有無を把握しましょう。
改正個人情報保護法では、「本人の権利または正当な利益が害される恐れがある場合」には、個人データの利用停止や削除を請求できるようになりました。
この状況を逆手に取る「交渉の技術」
さて、ここからが本記事の真骨頂です。
仕組みを知ったあなたは、単に「不気味だ」と怖がる必要はありません。
むしろ、「相手の手の内が分かっている」状態を利用して、賢く立ち回るべきです。
営業電話がかかってきたということは、以下の事実が確定しています。
- あなたは「優良見込み客」としてマークされている。
- 営業担当には「今すぐ売りたい(アポを取りたい)」という強い動機がある。
- 彼らはあなたの「興味の対象」を把握しているが、「予算」や「競合状況」までは正確に知らない可能性がある。
この非対称性を利用し、主導権を握るというのもありでしょう。
あえて「泳がせる」
電話がかかってきた時、「なんで知ってるんですか!」と怒ってはいけません。
「ああ、ちょうど今、Webサイトを見ていたところですよ。
すごいタイミングですね(笑)」 と、相手のテクノロジーを称賛する余裕を見せてください。
これにより、相手は「この客は話が早い」「脈ありだ」と確信し、上司から特別な値引き枠を引き出すための準備を始めます。
競合をちらつかせる
また、営業担当との会話でこう伝えます。
「実は〇〇(競合車)のサイトも見ていて、あちらの装備も魅力的で迷っているんです」
相手はあなたが「Webで情報収集を熱心に行うリテラシーの高い層」であることを知っています。
半端な知識や嘘は通用しないと悟らせることで、最初から「本気の条件」を引き出せます。
最終局面
さらに商談の最終局面では、こう切り出しましょう。
「色々なサイトを見るたびに広告が出るし、営業の電話も多くて疲れてしまいました。もし今日、あなたが納得のいく条件を出してくれるなら、もう他を見るのはやめて、あなたに決めますよ」
これは「あなたのコスト(営業の手間)をこれ以上増やさせない」という提案でもあります。
営業担当にとって、最も恐ろしいのは「検討が長期化し、他社に取られること」です。
その不安を解消してあげることで、最高条件を引き出します。

まとめ:テクノロジーと上手に付き合うために
Webサイトを閲覧していたら営業電話がかかってきた現象は、Webトラッキング、マーケティングオートメーション、CRMという3つの技術が組み合わさった結果です。
この手法自体は、現行法では直ちに違法とはなりません。
しかし、プライバシー保護に対する社会的な関心は年々高まっており、法規制も強化されつつあります。
消費者としては、以下の点を押さえておくことが大切です。
- 自分の行動がどのように追跡されているかを理解する
- Cookieの管理やプライバシー設定を活用する
- 不要な営業電話には毅然とした態度で対応する
- 必要に応じて個人情報の利用停止を請求する権利を行使する
テクノロジーの進化は止まりません。
だからこそ、その仕組みを正しく理解し、自分自身の情報をコントロールする意識を持つことが、デジタル時代を生きる私たちには求められているのでしょうね。

