ここ数年、相続税・贈与税まわりで「節税スキーム」という言葉をよく耳にするようになりました。
その背景には、不動産や非上場株式などの評価額を圧縮して税負担を大きく下げる手法が、高額資産家を中心に広がってきたことがあります。
2025年11月、政府税制調査会の専門家会合で国税庁が提示した資料「財産評価を巡る諸問題」は、こうしたスキームに正面から言及したものです。
つまり、我々節税スキームを行う富裕層に「最後通告」とも取れる内容を含んでいます。
今回は、国税庁が今どこにメスを入れようとしているのか、そして私たちはどう資産を守ればいいのかを、一次情報に基づいて解説します。
「財産評価を巡る諸問題」資料の位置づけ
まず知っておさえておくべきなのが「財産評価を巡る諸問題」の位置づけです。
政府税調で示された国税庁の問題意識
今回の資料は、単なる説明ではなく、「ここが今後の見直し候補です」という国税庁からの予告メッセージと見るのが自然です。
主な論点は大きく三つです。
- 財産評価基本通達6項(いわゆる総則6)を使った課税が、納税者から「予見できない」と批判されていること
- 区分所有マンションの評価を是正するための「マンション通達」が一棟マンションには適用されておらず、そのギャップが節税スキームに使われていること
- 不動産小口化商品の評価額が市場価格に比べて極端に低くなり、贈与税・相続税の大幅圧縮につながっていること
いずれも、同じ資産額でも、特定の手法を使える人だけが不当に得をしてしまうという公平性の問題をはらんでいます。
財産評価基本通達6項(総則6)の適用が増加
相続税・贈与税の財産評価は、原則として「財産評価基本通達」に従って行われます。
ただし、通達どおりに評価すると「著しく不適当」になる場合には、財産評価基本通達6項を使って別の方法で評価できる、という例外規定があります。
この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価すると定めています。
平成27年度から令和6年度までの適用件数は合計27件に上り、内訳は不動産13件、株式14件となっています。
特に令和4年度以降は適用件数が増加しており、令和4年度6件、令和5年度11件と推移しています。
ところが、
「どの程度のケースが“著しく不適当”なのか」
「どこまで評価額を引き上げるのか」
といった基準が明確ではなく、納税者からは結果を予測しにくいという不満が出ていました。
市場価格と通達評価額が逆方向に動く構造
貸付用不動産(賃貸マンションなど)の市場価格は、基本的に収益性が高いほど上がるというのが投資の世界の常識です。
稼働率が高く、賃料水準も安定していれば、将来の収益期待が大きくなり、市場価格は上昇します。
一方、相続税評価では、借家人の権利や利用制限を考慮して、賃貸割合が高いほど評価額が下がる仕組みになっています。
その結果、同じ物件でも「市場価格は上がるのに、相続税評価額は下がる」という評価の逆転現象が生まれます。
国税庁の資料では、相続直前の駆け込み取得の事例で取得価額と評価額のかい離が3倍超、不動産小口化商品の事例では5倍を超えるケースもあるとしています。
この「かい離」を利用して相続税を極端に減らそうとするのが、今回問題視されている節税スキームです。
事例で見る 国税庁が挙げた節税スキーム
それでは具体的にどのようなケースが問題あると国税庁はみているのでしょう?
事例① 一棟賃貸マンション+区分マンションのフルローン購入
最初の事例は、一棟賃貸マンションと区分所有マンションを組み合わせたスキームです。
94歳の被相続人が銀行から10.1億円を借り入れ、相続開始直前に杉並区の一棟賃貸マンション8.3億円と川崎市の分譲マンション5.5億円を合計13.8億円で購入しました。
取得時期は相続開始の約3年4か月前と約2年5か月前です。
ところが、相続税評価ではこれらの不動産を通達どおりに評価すると3.3億円程度にしかなりません。
取得価額との差は約10.5億円(取得価額の約4倍)です。
さらに、借入金残高10億円を負債として控除することで、相続税額はゼロとして申告されました。
この事例では、国税庁が総則6を用いて評価額を引き上げ、更正処分を行い、最終的に2022年の最高裁判決でその考え方が認められています。
「通達どおりだと評価額が低すぎ、課税の公平を著しく害する」と判断されたケースです。
事例② 相続直前の駆け込みで一棟賃貸マンションを購入
二つ目の事例は、相続開始の約2年8か月前に、一棟賃貸マンションを21億円で購入したケースです。
この物件は区分マンションではないため、2024年から導入された「マンション通達」の対象外です。
通達どおりに評価すると約4.2億円となり、取得価額の約5分の1、かい離率は約4.99倍に達しています。
借入金22億円を負債として控除すると、相続税額は約7.9億円も軽減される計算です。
こうした「相続直前の駆け込み取得」による節税スキームが散見されるため、国税庁は一棟マンションの評価ルール自体の見直しを検討すべき論点として挙げています。
事例③ 不動産小口化商品の贈与で評価額を1/6に圧縮
三つ目の事例は、近年、富裕層の間で急速に広まったのが「不動産小口化商品」です。
本来、不動産投資として理にかなった商品も多いのですが、問題はその「使われ方」です。
購入してすぐに贈与し、受贈者が短期間で売却して現金化するといった、「資産運用としての実態が薄く、単に税金を減らすためだけの取引」と見なされるケースが増えています。
あるケースでは、68歳の贈与者が不動産小口化商品(信託受益権)を3,000万円で取得し、その約5か月後に9歳の子どもへ贈与しています。
しかし、贈与税の計算上は、この受益権を路線価等にもとづいて評価した結果、480万円とされました。
取得価額と評価額の差は約2,520万円、取得価額の約1/6です。
この評価をもとにすると、贈与税額は約1,195万円から49万円へと大幅に減少します。
しかも受贈者は、その後すぐに受益権を市場価格で売却し、贈与時の評価額とはほぼ同額の3,000万円前後で現金化していました。
国税庁は、こうした取引が複数確認されているとして、詳細な贈与事例を資料で紹介しています。
なぜこれらの節税スキームが問題なのか
それではなぜこのような節税スキームは問題なのかを考えてみましょう。
節税と租税回避の境界
まず、大前提として理解すべきは「節税」と「租税回避」の違いです。
私たちが普段行うiDeCoやNISA、あるいは青色申告などは、国が推奨する正当な「節税」です。
しかし、法の抜け穴を突き、経済的実態と乖離した形式をとることで税負担を著しく減らす行為は「租税回避」とみなされます。
本来、相続税評価額は時価よりも低くなる傾向にあります。
路線価は時価の8割程度、固定資産税評価額は7割程度が目安です。
この「自然な乖離」を利用して資産を圧縮するのは認められています。
しかし、一部のスキームでは、この乖離を人工的に、かつ極端に広げることで、相続税を限りなくゼロに近づける手法が横行しました。
これに対し、国税庁は「課税の公平性」を盾に、断固とした措置を取り始めているのです。
公平性の観点:一部の人だけが「評価の穴」を利用している
これらのケースに共通するのは、実際に動いたお金(取得価額・市場価格)と、税務上の評価額のギャップが極端に大きいことです。
多額の借入をして不動産を購入できる人や、不動産小口化商品を買える人だけが、評価の穴を利用して相続税・贈与税を大幅に減らせる構図になっており、税制の基本原則である「担税力に応じた負担」や「水平的公平」が損なわれかねません。
このため国税庁は、個別に総則6で対応するだけでなく、評価ルールそのものの見直しが必要だと問題提起しています。
実務上のリスク:高値掴みと「負動産」化
国税庁が指摘するのは、公平性だけではありません。
資料では、相続税対策を企図した駆け込み取得の中には、
- 不動産会社や金融機関のあっせんで高値で購入してしまう
- その後、稼働率が低下し、借入金の返済や固定資産税の支払いに窮する
- 相続人が管理負担を押し付けられ、遺産分割も複雑になる
といった、相続税対策に関連したさまざまな問題が散見されるとしています。
節税だけを目的に不動産を購入すると、「節税効果は一時的、負担は長期的」というアンバランスな結果になりかねません。
今後予想される見直しの方向性
次に今度どのように変更されるのかを考えてみましょう。
一棟マンションと貸付用不動産の評価見直し
税務専門紙の報道によると、自民党税制調査会では、令和8年度税制改正に向けて、
- 相続等の直前に取得した貸付用不動産の評価方法
- 一棟所有の賃貸マンションに対する評価
- 不動産小口化商品の贈与による相続税対策
などを念頭に置いた「納税環境整備案」が検討されています。
現時点で具体的な改正案は示されていませんが、「市場価格と通達評価額のかい離を縮小する方向」と、「総則6の運用を明確化する方向」の二本立てで議論が進むと考えられます。
不動産小口化商品の評価ルールの明確化
不動産小口化商品については、通達上の扱いがまだ十分に整理されておらず、「現物不動産の評価方法を、そのまま信託受益権に当てはめてよいのか」という論点があります。
今後は、
- 信託受益権の評価方法をより実勢価格に近づける
- 節税目的の短期売買に対する歯止めを検討する
といった方向で、ルール整備が進む可能性があります
「節税ありき」の投資ストーリーになっていないか
最も大事なのは、「節税のために投資をする」のではなく、「投資として合理的だから結果的に節税にもなる」という順番を守ることです。
一棟マンションや不動産小口化商品を勧める資料の中には、「相続税評価は購入価格の3割」「贈与税を○割削減」といった節税効果ばかりを強調するものも少なくありません。
しかし、国税庁が具体的事例まで挙げて問題視している以上、今後の改正や総則6の適用によって、「当初想定していた節税効果がなくなる」「過去分まで否認されて追徴課税」というシナリオも、投資判断の中に織り込む必要があります。
キャッシュフローと出口戦略をシビアに確認する
相続税対策として不動産を購入する場合でも、通常の不動産投資と同じように、
- 賃料収入とローン返済、固定資産税を含めたキャッシュフロー
- 空室リスクや修繕費の見込み
- 売却時にどの程度の価格が期待できるか
を冷静にシミュレーションしておくことが重要です。
「節税になるから多少高くても大丈夫」という発想で割高な物件をつかむと、税制が変わった瞬間に節税メリットだけが消えて、負動産だけが残るという最悪の結果もあり得ます。
相続・贈与全体の設計を優先する
また、相続税対策は不動産だけで完結するものではありません。
金融資産の分散、生命保険の活用、生前贈与のタイミングなど、家族全体の資産構成とライフプランを踏まえた設計が欠かせません。
今回の「財産評価を巡る諸問題」は、「特定の商品に飛びつく前に、まず全体設計を見直してください」という国税庁からのメッセージとも読めます。
まとめ
国税庁の資料「財産評価を巡る諸問題」は、
- 一棟賃貸マンションの駆け込み取得
- 不動産小口化商品の贈与
- 総則6を巡る評価の不透明さ
といった論点を通じて、「過度な節税スキームは今後ますます厳しく見られます」というシグナルをはっきりと示しました。
投資家としては、目先の節税メリットではなく、
- 資産としての合理性
- 将来の制度改正リスク
- 家族全体のライフプラン
を踏まえた「適正な相続対策」へと発想を切り替えることが大切です。
これから相続税対策を検討する方も、すでに不動産を活用した節税を行っている方も、一度この国税庁資料と向き合い、自分のプランが「節税スキーム」なのか、「持続可能な相続対策」なのかを見直してみてください。
なお、元資料はこちらからご覧いただけます。
>>国税庁 財産評価を巡る諸問題
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