「手数料は一切かかりません。償還まで持てば元本は返ってきます」
IFA(独立系ファイナンシャルアドバイザー)からこう説明され、ホッと胸をなで下ろした経験はありませんか。
田端信太郎氏が告発しているのは、まさにこの「甘い言葉」の裏側にある構造的な問題です。
結論を先に申し上げます。
生債券(個別債券)の手数料は、ゼロではありません。
長期債なら購入時点で5%前後の「見えないコスト」をあなたは既に支払っているのです。
そもそも「生債券」とは何か、"債券"との違いを整理する
まず、言葉の整理から始めましょう。
ここでつまずくと、この先の議論が空中戦になってしまいます。
「生債券」と「債券」の違いは何でしょうか。
実は、両者は同じものです。
より正確に言えば、「生債券」は「債券そのもの(個別の発行銘柄)」を指す業界用語で、「債券ファンド」や「債券ETF」と区別するために使われる呼称にすぎません。
| 呼び方 | 中身 | 代表例 |
|---|---|---|
| 生債券(個別債券) | 発行体が発行した個別銘柄を直接保有 | トヨタ社債、米国債10年など |
| 債券ファンド・ETF | 複数の債券を詰め合わせたパッケージ商品 | AGG、TLT、BND |
「生」という言葉から、なんとなく「素材の良さ」「混ぜ物がない純粋さ」を連想しませんか。
これが第一の認知の罠です。言葉の印象が、商品の実態を覆い隠してしまう。
これをマーケティング論では「ラベリング効果」と呼びます。
ちなみに、富裕層向けIFAの世古口俊介氏は、富裕層の大半が個別生債券でポートフォリオを組む理由として、オーダーメイドで残存期間・発行体・利息時期を自由に設計できる点を挙げています。
確かに、これは合理的な主張です。
しかし、「富裕層が選んでいる=あなたにも最適」とは限らないのが、資産運用の難しいところなのです。
田端氏が動画で告発した「見えない手数料」の正体
動画で田端氏が鋭く指摘したのは、次の一点に集約されます。
「生債券には、表面上は手数料ゼロと謳いながら、実際には販売価格の中に巨額のスプレッドが埋め込まれている」
これは、誇張でも陰謀論でもありません。
店頭で売買する公社債は、別建ての売買手数料が表示されないことがあります。
日本証券業協会も、店頭取引では取引価格に取引実行に必要なコストが含まれているため、手数料は別途必要ないと説明しています。
これは「無料」という意味ではありません。
価格の中に埋め込まれている、という意味です。
さらに外国債券なら為替スプレッドが加わり、利金や償還金の受け取り時の為替取引も対象になる場合があります。
しかも、既発債では経過利子も発生します。
楽天証券やSBI証券の説明の通り、利付債を既発債として買うと、前回利払日の翌日から受渡日までの日数分の利息相当額を、買い手が売り手に支払います。
これは不当なコストではなく、利息の公平な按分です。
ただ、初心者の画面上では「想定より受渡代金が高い」と映りやすい。
見えないコストが嫌われるのはここです。
金融庁も2022年以降、同様の問題意識を公式文書で繰り返し表明しています。
金融庁の「顧客本位の業務運営」モニタリング結果では、「販売時の公正価値と販売価格の差が、顧客の実質的なコスト」と明記されており、この差額(スプレッド)の開示が不十分であることが問題視されてきました(出典:金融庁 2022年6月「投資信託等の販売会社による顧客本位の業務運営のモニタリング結果」)。
では、生債券のスプレッドは具体的にいくらなのでしょうか。
衝撃のファクト:長期社債の売買スプレッドは「5.72%」
ある投資家がSBI証券で実際に検証したデータは衝撃的です。
残存期間別・売買スプレッドの実例(SBI証券)
| 銘柄 | 残存期間 | 購入スプレッド | 売却スプレッド | 合計(往復) |
|---|---|---|---|---|
| みずほFG | 約2年 | 0.64% | 0.34% | 約1.0% |
| オリックス | 約2年 | 0.66% | (推計0.34%) | 約1.0% |
| 三菱UFJ | 約14年 | 3.11% | 2.61% | 約5.72% |
(出典:「減らないお財布をめざすブログ」2025年10月12日の実測検証)
これは、投資信託の販売手数料(通常0〜3%程度)や、信託報酬の年率コストと比較して、決して小さくない数字です。
しかも、この5.72%は「見えない」のです。
取引画面には「手数料無料」と表示され、購入時点では何も引き落とされません。では、どこに消えているのか。
答えは「販売価格そのものに、織り込まれている」のです。
例えば100円の価値しかない債券を103円で買わされているとしたら、その3円があなたの支払った手数料です。
そして、その事実は購入確認画面のどこにも「手数料」という名では表示されません。
これを指して、金融庁は次のように苦言を呈しています。
「販売会社が販売時に把握している公正価値(販売時の時価)と顧客に販売した価格との差が、顧客の負担する実質的な費用」である、と。
生債券の買い方。被害を最小化する4つの鉄則
では、生債券を完全に避けるべきかというと、そうではありません。
生債券には確かにメリットがあります。
例えば、十分な余裕資金があり、満期まで保有でき、個別発行体の信用を見られ、複数銘柄に分散でき、しかも価格参照の習慣がある投資家です。
そうした人にとっては、債券ラダーを作ってキャッシュフローを設計する手段として、生債券はとても優れています。
重要なのは、「知った上で買う」ことです。
ここでは、スプレッドの被害を最小化する実務的な4つの鉄則をご紹介します。
鉄則1:残存期間の短い債券を選ぶ
前述のSBI証券の実測データが示す通り、スプレッドは残存期間に比例します。
残存2年なら往復1%、残存14年なら往復5.72%。
これは市場の流動性と価格変動リスクの違いから生まれる構造的な差です。
長期債を買うなら、償還まで持ち切る覚悟が必須です。
鉄則2:国債を優先し、社債は慎重に
一般論として、社債は国債よりスプレッドが広くなります。
特に劣後債やハイブリッド債といった複雑な商品は、スプレッドが二重三重に乗っている可能性があります。
まずはシンプルな国債から始めるのが賢明です。
鉄則3:FINRA TRACEで米社債の"実勢価格"を確認する
米国社債を購入する場合、FINRA(米国金融業規制機構)が運営するTRACEという公開データベースで、プロ間の取引価格(実勢価格)を誰でも無料で確認できます。
CUSIP(9桁の識別番号)を入力するだけです。
提示された販売価格と実勢価格の乖離が、あなたが払うスプレッドです。これを知っているか否かで、交渉力は天と地ほど変わります。
鉄則4:債券ETFという選択肢を常に比較する
AGG(米国総合債券ETF)やBND、TLT(米国長期国債ETF)といった債券ETFは、経費率0.03〜0.15%程度で分散された債券ポートフォリオを提供します。
生債券の自由設計というメリットを捨てる代わりに、圧倒的な低コストと流動性を手に入れられる。
多くの個人投資家にとって、これで十分ではないでしょうか。
まとめ
田端氏の動画でやり玉にあがったIFA(独立系ファイナンシャルアドバイザー)の全てが悪徳業者というわけでもありません。
しかし、勧められるがままに、手数料の構造も理解せず、「元本保証」「高利回り」という言葉だけを頼りに判断するのは、あまりに危険です。
まずは自分がちゃんと理解できる商品を買うようにする。
これだけでこういった問題からは回避できると思います。

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