2025年2月13日、モバイルバッテリーシェアリング「ChargeSPOT」を運営するINFORICH(9338)がMBO(経営陣による買収)を発表しました。
終値2,105円に対してTOB価格は4,560円。約2倍のプレミアムです。
この発表直後、SNSは騒然としました。
「億単位で信用フルレバで保有していた個人投資家がいる」「社長と知り合いらしい」「これはインサイダーでは?」
実際に株価は材料もなくスルスルと上がっていて不思議な感じでしたしね。
Xの投稿は瞬く間に拡散し、Yahoo!ファイナンスの掲示板は賛否両論で埋め尽くされました。
ある投資家は「嫉妬だ」と一蹴し、またある投資家は「通報しておいた」と宣言する。
あなたは、この騒動をどう見ましたか?
実はこの問題、「他人事」ではありません。
インサイダー取引は、上場企業の役員や社員だけの話ではないのです。
あなたが友人との飲み会で聞いた一言、取引先との雑談で耳にした情報。
それだけで、あなたは「犯罪者」になり得ます。
本記事では、かつて「ボロ株の中の人」として上場企業の内部から株式市場を見てきた筆者が、インサイダー取引がなぜバレるのか、その監視システムの実態から、「知らなかった」が通用しない法律の現実。
そして今回のINFORICH MBO騒動から私たちが学ぶべきことまで、徹底的に解説します。
そもそもインサイダー取引とは何か?想像以上に広い「アウト」の範囲
まずはインサイダー取引とはなにか?について見ていきましょう。
インサイダー取引の定義を正確に理解する
インサイダー取引とは、上場企業の未公表の重要情報を知る立場にある人が、その情報が公表される前に株式等の売買を行う行為です。
金融商品取引法第166条および第167条で禁止されています。
ここで多くの方が見落とすのは、インサイダー取引が成立するのに「利益を得たかどうか」は関係ないという点です。
損失が出ていても、インサイダー取引は成立します。
さらに言えば、「インサイダー情報だと知らなかった」という言い訳も通用しません。
金融商品取引法上のインサイダー取引が成立する要件は、以下の4つです。
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| 主体 | 会社関係者・公開買付者等関係者・第一次情報受領者 |
| 情報 | 投資判断に重大な影響を与える「重要事実」 |
| 時期 | 重要事実が「公表」される前 |
| 行為 | 対象となる有価証券の売買等 |
この4つの条件がすべて揃えば、故意であろうと過失であろうと、インサイダー取引として罰則の対象になるのです。
「どこまで」がインサイダーなのか?境界線を知る
「インサイダー取引 どこまで」と検索をしたことがある方は少なくないでしょう。
実際、境界線は想像以上に広いのです。
まず、「会社関係者」の範囲が非常に広い点に注目してください。
役員や従業員はもちろん、会計監査人、弁護士、コンサルタント、取引先の担当者、さらには契約交渉段階にある相手方まで含まれます。
そして注意すべきは「第一次情報受領者」の存在です。
会社関係者から直接情報を聞いた人。
家族、友人、飲み会の同席者も規制の対象になります。
証券取引等監視委員会(SESC)の課徴金事例集によると、2023年度の違反行為者12名のうち、実に10名(83.3%)が「社外の者」でした(出典:証券取引等監視委員会, 令和5年度課徴金事例集)。
つまり、会社の「中の人」ではなく、情報を受け取った「外の人」の方が多く摘発されているのです。
この事実は、多くの方の認識を覆すのではないでしょうか。
インサイダー取引はなぜバレるのか?3層の監視網の実態
「バレないだろう」
この考えが最も危険です。
証券取引等監視委員会の課徴金事例集にも、違反行為が後を絶たない要因として「膨大な取引が行われており自分の取引は見つからないだろうとの誤解」が挙げられています(出典:証券取引等監視委員会, 令和5年度課徴金事例集)。
では、なぜバレるのか。
その仕組みを3つの層に分けて解説します。
第1層:AIによるリアルタイム市場監視
日本取引所自主規制法人は、東京証券取引所および大阪取引所の売買動向を常時監視・分析しています。
重要事実が公表された銘柄については、公表前後の大量取引や不自然な値動きがシステムによって自動的に抽出されます。
これを「売買審査」と呼びます(出典:日本取引所グループ, インサイダー取引規制)。
具体的には、株価や出来高が重要情報の公表前に不自然な動きを見せると、自動アラートが発せられます。
たとえばTOB発表前に、普段は出来高が少ない銘柄の取引が急増した場合、それだけでフラグが立つのです。
重要なのは、重要事実が公表されたすべての銘柄が審査対象になるという点です。
「小型株だから見逃されるだろう」「金額が小さいから大丈夫」という考えは完全な誤りです。
第2層:SESCによる徹底的な人的調査
売買審査でインサイダー取引の疑いがある取引が絞り込まれると、証券取引等監視委員会(SESC)に報告されます。
SESCは、金融庁の下に設置された組織で、「証券市場の見張り役」とも呼ばれます。
その調査権限は強力で、金融商品取引法第211条に基づく強制調査権を持っています。
具体的には、裁判官の発する許可状による臨検、捜索、差押えといった強制調査を実施することができます。
調査の過程では、疑わしい取引を行った人物の売買履歴、金融機関の取引データ、通信記録、さらにはSNSの投稿まで精査されます。
他人名義の口座を使っていても、海外口座を使っていても、追跡されます。
実際、2023年度の課徴金勧告事案では、海外に居住する上場会社の中国子会社の役職員が知人名義の証券口座を使用してインサイダー取引を行ったケースが摘発されています。
海外当局との連携により、追跡・調査が行われました(出典:証券取引等監視委員会, 令和5年度課徴金事例集)。
第3層:内部通報と「人間関係」の崩壊
意外に思われるかもしれませんが、インサイダー取引が発覚するきっかけとして大きいのが「内部通報」や「人間関係からの情報漏洩」です。
証券取引等監視委員会は不正行為に関する情報提供を広く受け付けており、匿名での通報も可能です。
「市場における不正等に関する情報をお寄せください」と公式に呼びかけています。
今回のINFORICH MBO騒動でも、SNS上で「通報した」という声が複数上がっていました。
こうした外部からの情報提供が調査の端緒になることは珍しくありません。
さらに、インサイダー取引は「秘密の共有」を前提とするため、その秘密を知る人間が増えるほどリスクは飛躍的に高まります。
友人に話した、家族に薦めた、取引先にほのめかした。
そのどれもが、将来の証言者を生み出すことになるのです。
「インサイダー取引 知らなかった」は本当に通用しないのか?
インサイダー取引で逮捕される人の多くは「違法だと知らなかった」と話していたりします。
それは通用するのでしょうか?
法律が求める「認識」のハードル
結論から言うと、通用しません。
ただし、その理由を正確に理解しておく必要があります。
インサイダー取引規制における「故意」とは、「不正な利益を得ようとする意図」ではありません。
「公表されるべき重要事実が存在することを知りながら売買した」という認識があれば足ります。
さらに重要なのは、「確定的な認識」がなくても「未必の故意」で十分だということです。
つまり、「もしかしたらインサイダー情報かもしれない」と思いながら取引した場合も、インサイダー取引として認定される可能性があります。
課徴金においては、さらにハードルが下がります。
2017年の最高裁判決を受け、金融庁は課徴金納付命令について「故意によるものに限られず、過失によるものも含む」と判断しています。
つまり、「知らなかった」としても、「知らなかったことに過失がある」場合は課徴金の対象になり得るのです。
「うっかりインサイダー」の恐怖
業界では「うっかりインサイダー」という言葉があります。
これは、インサイダー情報を利用して不正な利益を得る意図はなかったものの、結果的にインサイダー取引規制に違反してしまったケースを指します。
典型的なのは、以下のようなケースです。
「取引先との打ち合わせで、その会社の業績が悪化していることを知り、帰宅後に保有していた株式を売却した」
この行為者に「不正に儲けよう」という意図はないかもしれません。
しかし、重要事実を知りながら公表前に売買した以上、インサイダー取引として処罰の対象になります。
また、「12時間ルール」も見落としがちなポイントです。
重要事実が「公表された」とみなされるには、報道機関2社以上への伝達後12時間の経過が必要です。
ニュースで見たからといって、すぐに取引して良いわけではないのです。
INFORICH MBO騒動から読み解く「グレーゾーン」の真実
今回のINFORICHの件を考えてみましょう。
事件の概要
2025年2月13日、INFORICH(9338)は米投資ファンドのベインキャピタルとのMBOによる株式非公開化を発表しました。
TOB価格は4,560円で、当日終値2,105円に対して約117%のプレミアムです。
この発表を受けてSNS上で注目されたのが、あるインフルエンサー投資家の存在でした。
報じられた内容によると、この投資家はINFORICH株を大量に購入し、MBO発表により◯億円の利益を得たとされています。
この投資家がINFORICHの経営者と知人関係にあったとされることも、疑惑を深める要因となりました。
「インサイダーだ」と「嫉妬だ」の間にある真実
SNS上では、「これはインサイダーだ」という声と「嫉妬に過ぎない」という声が真っ二つに分かれました。
ここで冷静に考えてみましょう。
インサイダー取引が成立するためには、未公表の重要事実を「知った」上で取引している必要があります。
単に経営者と知り合いであること、大量に株を購入していたこと、それ自体はインサイダー取引の証拠にはなりません。
一方で、掲示板で指摘されていたように、「普段はリスク管理型の投資スタイルなのに、この銘柄だけ全力で決算を跨いだ」という行動パターンの異常性は、調査の端緒にはなり得ます。
重要なのは、私たちがSNS上で「白」か「黒」かを断定することではありません。
証券取引等監視委員会が適切に調査を行い、判断を下すことが重要です。
もし本当にインサイダー取引が行われていたなら、先に述べた3層の監視網が機能するはずです。
TOBインサイダーが急増している背景
今回のINFORICH騒動を、より大きな文脈で捉える必要があります。
2024年のTOB件数は過去2番目に多い100件に達し、その半数以上でインサイダー取引が問題となりました。
2024年秋には金融庁や東証の職員がTOBに関するインサイダー取引に関与した疑いで強制調査を受けるという前代未聞の事態が発生。
2025年に入ってからも、三井住友信託銀行の元部長がTOB3件に絡むインサイダー取引の疑いで刑事告発され(出典:Bloomberg, 2025年3月24日)、ニデックのTOBに関連して三田証券の元取締役ら複数名が逮捕されるなど、大型事件が相次いでいます。
金融庁はこの状況を受け、TOBに関するインサイダー取引の課徴金を17年ぶりに見直す方針を打ち出しました。
単に「儲けた分を返す」だけでなく、利益に倍率をかけて課徴金を算出する仕組みへの変更が検討されています。
つまり、今この瞬間も「インサイダー取引は割に合わない行為」へと規制が強化されているのです。
インサイダー取引がバレる確率「数字」が語る現実
それではインサイダー取引はどれくらいの確率でバレるのでしょう?
勧告件数から見る摘発の実態
「インサイダー バレる 確率」この検索には、「バレなければ大丈夫なのでは」という期待が透けて見えます。
しかし、数字を見れば、その期待がいかに危険かがわかります。
2023年度、証券取引等監視委員会による課徴金勧告は17件。
そのうち13件がインサイダー取引です(出典:証券取引等監視委員会, 令和5年度課徴金事例集)。
2005年の課徴金制度導入以降の累計では、インサイダー取引の勧告は350件を超えています。
「たった17件?」と思われるかもしれません。
しかし、これは課徴金勧告に至った件数であり、調査の結果「不起訴」となったケースや、警告で終わったケースは含まれていません。
さらに、売買審査でチェックされた銘柄数はこの何十倍にも上ります。
公開買付け等事実に関するインサイダー取引が最も多く、2023年度では重要事実14件のうち8件(57.2%)を占めています。
TOBは公表後に株価が上昇する確実性が高く、かつ公表前に多数の関係者に情報を共有する必要があるため、情報漏洩のリスクが構造的に高いのです。
「バレない」は統計的に成り立つのか?
ここで、筆者の経験を踏まえた率直な見解を述べます。
かつてボロ株(小型株)に関わる仕事をしていた経験から言えるのは、株式市場で「見えない取引」は存在しないということです。
すべての売買は証券会社を通じて記録され、その記録は日本取引所自主規制法人を通じてSESCが閲覧できます。
仮にインサイダー取引が行われ、短期的にはバレなかったとしても、SESCの調査には時効があります。
課徴金については違反行為日から5年、刑事罰についてはさらに長い。
つまり、何年後かに突然、調査が入る可能性があるのです。
ちなみに社外取締役が絡んでいたバルミューダのときですら半年後でしたね。

「バレる確率」という問いに対する答えは、こうです。
「100%バレるかどうか」ではなく、「バレたときに人生が終わる」ことを理解すべきだと。
インサイダー取引の罰則
それではインサイダー取引をするとどのような罰則があるのでしょう?
法的制裁
インサイダー取引の罰則は以下の通りです。
| 対象 | 罰則内容 |
|---|---|
| 個人(刑事罰) | 5年以下の懲役もしくは500万円以下の罰金(併科あり) |
| 法人(刑事罰) | 5億円以下の罰金 |
| 利益の没収 | インサイダー取引で得た財産は全額没収・追徴 |
| 課徴金 | 違法な経済的利得に相当する金額を国庫に返還 |
注目すべきは、刑事罰と課徴金は併科される可能性があるということです。
つまり、懲役刑を受けた上で、さらに課徴金も支払わなければなりません。
さらに2025年、金融庁はTOBインサイダーに対する課徴金の引き上げを検討しており、利益額の1.5倍〜2倍の課徴金が科される方向です。
「儲けた分を返せば済む」時代は終わりを迎えつつあります。
法的制裁より重い「社会的制裁」
実は、多くの当事者にとって刑事罰以上に深刻なのが社会的制裁です。
名前が公表されれば、それはインターネット上に半永久的に残ります。
再就職は困難になり、取引先との関係は断絶し、家族にも影響が及びます。
所属企業の信用失墜を招き、場合によっては業績悪化の引き金にもなります。
聞いちゃった
という名言で話題となった村上ファンドの件では、懲役2年(執行猶予3年)・罰金300万円に加え、追徴金約11億4,900万円が科されました。
しかし、それ以上に「村上世彰」という名前が「インサイダー」と紐づいて記憶され続けていることこそが、最大の制裁と言えるでしょう。
あなたの身を守る、3つの具体的行動
ここまで読んで、「自分は大丈夫だろうか」と不安になった方もいるかもしれません。
安心してください。正しい知識を持ち、適切に行動すれば、インサイダー取引のリスクは確実に回避できます。
行動1:情報の出所を常に確認する
投資判断の材料となった情報が、「公表された情報」なのか「未公表の情報」なのかを常に意識してください。
決算情報、M&A、業務提携、TOBなどの重要事実については、TDnet(適時開示情報閲覧サービス)やEDINET(電子開示システム)で公表されたものだけを投資判断の材料にしましょう。
「友人から聞いた」「取引先がほのめかした」「会食の場で耳にした」
こうした情報源の場合は、その情報に基づく取引を控えるのが鉄則です。
行動2:重要事実に触れたら、公表まで取引しない
仮に仕事上の立場で重要事実を知ってしまった場合は、その事実が正式に公表されるまで、対象となる銘柄の取引を一切控えてください。
「12時間ルール」も忘れずに。
報道機関2社以上に伝達され、かつ12時間が経過するまでは「未公表」の状態です。
また、自分が直接取引しなくても、家族や知人に情報を伝えて取引させる「情報伝達」や取引を薦める「取引推奨」も、2014年の法改正以降は同様に処罰の対象です。
行動3:迷ったら「取引しない」を選ぶ
インサイダー取引規制は非常に複雑で、プロの法律家でも判断に迷うケースがあります。
だからこそ、少しでも「これは大丈夫だろうか?」と迷ったら、取引しないことが最善の選択です。
ある1回の取引で得られるかもしれない利益と、インサイダー取引で失うものを天秤にかけてください。
その判断は、きっと難しくないはずです。
最後に・・・
最後に、わたしがボロ株の現場にいた時の話を書いておきましょう。(かなり前なので今は状況が変わっていると思いたいですが)
まず、私は管理部門の責任者だったので、自社はもちろん、当たり前のように関係会社や取引先のいろいろなやばい情報が回ってきましたね。
私は小心者ですし、基本真面目なのでインサイダー取引は絶対しませんでしたが・・・やれば簡単に一財産築けたでしょう笑
例えば監査法人の公認会計士の一人の方と仲がよく、雑談でかなりやばい話をいろいろ聞いてきました。(本当だったかは確かめようがありませんが。。。)
そんな情報を漏らすとか守秘義務なんてあったもんじゃありませんよね。
逆に言えば自社のやばい話も他で話している可能性はあったでしょう。
また、会社の社外取締役には東証プライム(当時は東証一部)の上場会社の社長もいましたが、その人もやばい情報漏らしまくりでしたね。
未発表の合併とかの話とか普通に雑談で言っちゃってましたね。
本当に買ったのかは知りませんが、それを聞いた役員連中も「じゃあ◯◯株買いだな」とか普通に話していました笑
つまり、インサイダーの中にはそれほど情報の重要性を意識してない方は多いってことなのでしょう。
しかし、だからといって「みんなやっているから」と諦めてはいけないと思うのです。
INFORICH MBO騒動で「インサイダーだ」と叫ぶことも、「嫉妬だ」と切り捨てることも、問題の本質には届きません。
大切なのは、一人ひとりの投資家が「フェアな市場を守る」という意識を持つことしょうね。
投資で大切なのは、「ずるい近道」ではなく、「正しい遠回り」地道な分析と、フェアな取引の積み重ねです。
それが、長期的に見て最も確実なリターンをもたらすと、私はは信じています。
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