2026年2月6日、KDDIが発表した子会社ビッグローブおよびジー・プランにおける累計約2,460億円の架空取引。
前回の記事では、株価や配当金への影響を中心に解説しました。

そこで読者さまからこの不適切会計は決算書から見抜けたのか?というご質問をいただきました。
結論から言えばまったく、事後でみれば兆候がなかったことはありませんが、それだけで不適切会計や粉飾と断定するのはまず不可能でした。
この一見矛盾した答えの中にこそ、個人投資家が本当に身につけるべき「決算書の読み方」が隠されています。
中小企業診断士として、BS(貸借対照表)、PL(損益計算書)、CF(キャッシュ・フロー計算書)の3つの財務諸表から検証し、投資家が今後どのような「目」を養うべきかを解説します。
そもそも何が起きたのか? 循環取引のスキームを解説
まず前提として、今回の不正の仕組みを簡単に振り返ります。
子会社ビッグローブとその子会社ジー・プランの広告代理事業において、実在しない広告主の案件を複数の広告代理店を介して循環させる「還流スキーム」が行われていました(出典:KDDI IR発表資料, 2026年2月6日)。
具体的には、上流の広告代理店A社が架空の広告案件をジー・プランに委託し、ジー・プランがビッグローブに再委託、さらにビッグローブが下流の広告代理店B社に再々委託し、B社からA社に取引が環流するという構造です(出典:日本経済新聞, 2026年2月6日)。
ここで重要なのは、契約書も請求書も入金もすべて実際に存在していたということです。
帳簿上は「完璧に正常な取引」に見えていました。
KDDIの松田社長も「書類が揃っていたから見抜けなかった」と説明するくらいです。
この前提を押さえた上で、決算書の分析に入りましょう。
なお、一般的な循環取引の仕組みについての解説はこちらでまとめております。

検証1:PL(損益計算書)に兆候は出ていたか
まずは損益計算書から確認していきましょう。
連結売上への影響は「誤差の範囲」
まず、最も多くの投資家が注目する損益計算書(PL)から見ていきます。
架空取引による売上高の過大計上額は、年間で約680億円〜960億円とされています。
一方、KDDIの連結売上高は約5.9兆円です(出典:KDDI 2025年3月期有価証券報告書)。
つまり、架空売上は連結売上のわずか1〜2%程度に過ぎません。
これがどのくらいの感覚かというと、年収600万円の家庭で毎月1万円が使途不明になっているようなものです。
家計簿を几帳面につけている人でも、気づくのは容易ではない水準です。
さらに、営業利益ベースで見ても、累計約500億円の取消しのうち直近1年分は約250億円程度。
KDDIの連結営業利益が約1兆1,000億円ですから、利益率の変動としても極めて小さい。
PLだけを見て「何かおかしい」と感じ取ることは、率直に申し上げて不可能に近かったと言えます。
売上原価、外注費、手数料、広告宣伝費
循環型の架空取引は、途中に複数の仲介会社が入り、手数料が抜かれる構造になりがちです。
KDDIも外部流出額を「代理店手数料として外部に流出した資金」と説明しています。
決算書上は、こうした手数料は売上原価や外注費、手数料、広告宣伝費などの販管費のどこかに埋まります。
投資家ができるのは、売上規模に対して各費目が継続的に高止まりしていないか、あるいは不自然に変動していないかを複数期で見ることです。
しかし、前述のように今回のKDDIのケースだと循環の規模が企業規模に比べて小さいので、ここで危険信号を感じることは無理ですね。
セグメント情報の「粗さ」という壁
「ならばセグメント別に見れば分かるのではないか」と思われるかもしれません。
しかし、KDDIの有価証券報告書におけるセグメント開示は「パーソナル」「ビジネス」などの大分類です。
ビッグローブという一子会社の、さらに広告代理事業という一部門の異常値は、他の好調な事業と相殺されて見えなくなります。
これは健康診断の総合判定で「A(問題なし)」をもらったのに、実は特定の臓器に小さな腫瘍が潜んでいたようなものです。
精密検査をしなければ見つからないのです。
PLからの検証結果:兆候を検知することは極めて困難
検証2:BS(貸借対照表)に兆候は出ていたか
次は貸借対照表です。
営業債権の「静かな膨張」
次に貸借対照表を見てみます。
ここには、PLでは見えなかった「かすかな異変」が隠れていました。
KDDIの連結BSにおける「営業債権及びその他の債権」の推移を確認すると、以下のような傾向が見られます。
| 決算期 | 営業債権等(億円) | 前年比 |
|---|---|---|
| 2021年3月期 | 約22,200 | ― |
| 2022年3月期 | 約23,100 | +4.1% |
| 2023年3月期 | 約24,100 | +4.3% |
| 2024年3月期 | 約27,000 | +12.0% |
(出典:KDDI決算短信各期より筆者作成。概数)
売上高の伸び率が1〜3%程度で推移している中で、営業債権の伸び率がそれを上回っている点は、中小企業診断士の目で見ると「なぜだろう?」と引っかかるポイントです。
ただし、ここに大きな注意点があります。
KDDIはこの期間にauじぶん銀行の貸出金拡大やローソンへの出資など、金融事業を大幅に拡大しています。
営業債権の増加を「架空取引の兆候」と断定する根拠としては、他の合理的な説明が多すぎるのです。
子会社への資金援助という「もう一つの手がかり」
また、興味深いのは、KDDIがビッグローブへの資金援助として約579億円を開示していた点です。
100%子会社への運転資金としては高額にも見えますが、ISP事業のインフラ投資需要を考えると、それだけで異常とは言い切れません。
ただし、今回の報道で「グループファイナンスが架空取引の原資に使われた可能性」が指摘されている点と照らし合わせると、事後的には意味のあるシグナルだったと言えるかもしれません。
BSからの検証結果:事後的に見れば手がかりはあったが、リアルタイムで不正と特定するのは困難
検証3:CF(キャッシュ・フロー計算書)に兆候は出ていたか
次はキャッシュフロー決算書です。
キャッシュフロー決算書は粉飾決算を見抜くのに役に立ちます。
営業CFの調整項目に現れた「症状」
ここが今回の分析で最も興味深い部分です。
営業キャッシュ・フローの調整項目の中にある「営業債権等の増減」を時系列で追うと、以下のような推移が見られます。
| 決算期 | 営業債権等の増加による営業CF押し下げ額(概算) |
|---|---|
| 2021年3月期 | 約510億円 |
| 2023年3月期 | 約1,048億円 |
| 2024年3月期 | 約2,439億円 |
| 2025年3月期 | 約2,472億円 |
「売上は計上されているのに、現金の回収が追いつかない」。
このパターンが年々悪化しているのは、循環取引の典型的な「症状」と整合的です。
なぜなら、循環取引では「帳簿上の売上」は立つものの、実際の資金回収には外部の協力者を経由するタイムラグが生じるため、営業債権が膨張しやすいからです。
しかし、それだけでは断定できない理由
ここで重要なのは、同じ症状が出る「別の原因」がいくつもあるということです。
端末の割賦販売の拡大、金融事業の成長、グループ会社の増加、さらには新規事業への先行投資。
これらすべてが営業債権の増加を合理的に説明できてしまいます。
KDDIの場合には規模が大きく、事業も多種。
さらに今回の架空売上の規模が連結売上のわずか1〜2%程度というものなのでなかなか厳しいところでした。
CFからの検証結果:最も有力な手がかりはあったが、それ単体での不正認定は不可能
オルツなどは売上に占める割合が大きかったので、かなり光っていたんですけどね・・・
詳しくはこちらの記事をご覧ください。

3つのAIも「見抜けない」と回答した衝撃
実は、この事件について税理士の畠山謙人氏が興味深い検証を行っています。
最新の3つのAI(Gemini、ChatGPT、Claude)にKDDIの決算書を読み込ませ、「この粉飾を見抜けるか?」と問うたところ、3者すべてが「見抜くのは構造的に不可能」と回答したのです
ただし、各AIの分析アプローチには特徴的な違いがありました。
3者とも結論は「見抜けない」でしたが、それぞれ異なる角度から「気づきのヒント」を示した点が興味深いところです。
Gemini
「数字ではなく経営構造の歪み」に注目しました。
親会社KDDIが非通信領域の成長を強く求めていたこと、成熟したISP市場でそれを達成するプレッシャーが存在していたこと。
不正が生まれる「動機」の構造を指摘したのです。
ChatGPT
先述の営業CF調整項目の時系列データを提示し、「症状としては整合的」と分析しました。
さらに「総額表示と純額表示」の矛盾にまで踏み込んでいます。
Claude
「関係会社貸付金」と「収益認識方針の矛盾」という、より技術的な切り口で構造を整理しました。
中小企業診断士の視点:「不正のトライアングル」から読み解く
ここからは、中小企業診断士としての視点を加えます。
不正会計の研究で有名なのが、アメリカの犯罪学者ドナルド・クレッシーが提唱した「不正のトライアングル(Fraud Triangle)」です。
不正が発生するには、3つの条件が揃う必要があるとされています。
動機(Incentive)
KDDIの中期経営計画を見ると、「通信以外での成長」が最重要テーマでした。
しかし、ISP事業は成熟市場であり、急成長は現実的に困難です。
この「期待と現実のギャップ」が、子会社の担当者にとって強い動機となり得ました。
松田社長も記者会見で「近年になって額が高くなってきた」と述べています(出典:ケータイWatch, 2026年2月6日)
これは取引規模の拡大=プレッシャーの増大を示唆しています。
機会(Opportunity)
ジー・プランの社員2名がビッグローブにも出向・兼務していたことで、両社の広告代理事業を実質的に一人で管理できる状態にありました。
「職務分掌」の不備が機会を提供していたのです。
さらに、KDDIの松田社長は「上流、下流の先まで見に行かなかった」と認めています。
子会社のサプライチェーン全体を可視化する仕組みがなかったことが、この機会を長期間にわたり維持させました。
正当化(Rationalization)
「会社のため」「売上目標を達成するため」「いずれ正規の取引で穴埋めする」。
不正を行う当事者は、必ず自分の行為を正当化するロジックを持っています。
循環取引の首謀者がよく口にするのが、「誰にも損をさせていない」という言葉です。
しかし、330億円が外部に流出したという事実が、その正当化の虚しさを物語っています。
この「不正のトライアングル」は、決算書の数字には直接表れません。
だからこそ、財務分析だけでは不正を見抜くことには限界があるのです。
なぜ粉飾が起こるのか?
投資家として注視すべきは、決算書の数字そのものではなく、「その数字を作るために、現場に無理なプレッシャーがかかっていないか?」という背景です。
右肩上がりのきれいな業績推移こそ、実は「無理をして作った数字」である可能性を疑う。
これがプロの視点です。
そのあたりの粉飾がなぜ起こるのかについて、この本が過去の粉飾事例を交えて良くまとまっています。
おすすめです。
では、投資家はどうすればいいのか? 「数字の外」を見る3つの習慣
決算書だけでは見抜けない。ではどうするか。答えは「数字の外側」に目を向けることです。
習慣1:「プレッシャー・マッピング」を行う
決算説明資料を読むとき、以下の3つの問いを自分に投げかけてください。
「この会社は、株主や親会社から何を期待されているか?」 「その期待は現実的に達成可能か?」 「もし達成できなかったら、現場にはどんなプレッシャーがかかるか?」
例えば、KDDIの中期経営計画で「LX(ライフトランスフォーメーション)」事業の大幅成長を掲げていたのに、実際のセグメント利益が伸び悩んでいる場合。
数字の「背景にある感情」を想像することが、不正リスクの早期察知につながります。
習慣2:CF計算書の「調整項目」を時系列で追う
営業キャッシュ・フローの調整項目、とりわけ「営業債権の増減」と「棚卸資産の増減」を過去5年分並べてください。
簡易チェック方法として、「営業債権増加額÷売上高」の比率を計算し、この比率が年々上昇していれば黄色信号です。
もちろん、事業拡大や金融事業の成長など合理的な説明がつくことも多いでしょう。
大事なのは「この変化の説明は、決算説明会で納得できる形で語られているか?」を確認する姿勢です。
習慣3:「収益認識方針」と実態の整合性をチェックする
有価証券報告書の「重要な会計方針」の中にある「収益認識基準」を読み、実際のビジネスモデルと照らし合わせてください。
KDDIの場合、「広告掲載料は代理人として純額表示する」と明記されていました。
しかし、架空取引では売上が過大計上されていた可能性があります。
つまり、純額計上すべき取引を総額で計上していた疑いがあるのです。
「広告代理店ビジネスなのに、売上が急拡大している」場合、それは本当に自社が広告枠を持っているのか(本人取引)、それとも仲介しているだけなのか(代理人取引)。この違いを意識するだけで、売上の「質」が見えてきます。
まとめ:決算書分析の限界と、それでも手放してはいけない理由
今回の検証結果を整理します。
・PLからの兆候検知:ほぼ不可能(連結売上の1〜2%に埋没)
・BSからの兆候検知:事後的には手がかりあり、ただしリアルタイムでの特定は困難
・CFからの兆候検知:最も有力な手がかりあり、ただし単体での不正断定は不可能
決算書分析には明確な限界があります。
特に循環取引という「帳簿の整合性を保つことに特化した不正」の前では、数字だけを見ていては太刀打ちできません。
しかし、だからといって決算書分析が無意味だということではありません。
大切なのは、決算書を「答え」としてではなく「問いのきっかけ」として使うことです。
数字の変化に気づき、「なぜ?」と問い、数字の外側にある情報──経営戦略の整合性、ガバナンス体制、業界構造、そして人間の心理──と照らし合わせる。
この「複眼的な分析」こそが、個人投資家が身につけるべき本当の「決算書リテラシー」です。
KDDI不適切会計の株価や配当金への影響については、前回の記事で詳しく解説しています。合わせてご確認ください。

※本記事は2026年2月9日時点の情報に基づいています。特別調査委員会の調査が継続中であり、今後明らかになる事実により、影響額や評価が変わる可能性があります。投資判断はご自身の責任でお願いいたします
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