「裁量労働制の見直し」。2026年2月17日、高市早苗首相がこの言葉を施政方針演説に盛り込む方針であることが明らかになりました。
「自分には関係ない」。
そう思った方こそ、この記事を読んでいただきたいのです。
なぜなら、この改革が進めば、日本の「労働の値段のつけ方」が根本から変わります。
投資家にとっては企業業績の読み方が変わり、管理職にとっては部下のマネジメントの前提が覆る。
つまり、あなたの「お金の稼ぎ方」と「人の動かし方」の両方に、直接影響する話なのです。
本記事では、裁量労働制とは何か、なぜ今見直されるのか、そして私たちはどう備えるべきかを、ファクトベースで解き明かしていきます。
高市政権がいきなり仕掛ける「裁量労働制の見直し」
2025年10月21日、高市早苗首相は就任と同時に、上野賢一郎厚生労働相に対して「心身の健康維持と従業者の選択を前提にした労働時間規制の緩和の検討」を指示しました(出典:日本経済新聞, 2025年10月21日)。
そして2026年2月、施政方針演説の原案に「裁量労働制の見直し」が明記されたことが判明。
就任時の抽象的な「規制緩和検討」から、具体的な制度名に踏み込んだのです(出典:朝日新聞, 2026年2月17日)。
選挙では殆ど触れてこなかったようですが、やりたいことはこれだったようです。
さらに注目すべきは、2026年2月8日の衆院選で自民党が圧勝し、当選議員のおよそ6割が「労働規制の緩和」に賛成していることです(出典:日本経済新聞, 2026年2月14日)。
つまり、法改正に必要な政治的な「弾薬」はすでに装填されています。
かなり実現可能性が高い状況になっているってことです。
これは単なる政策の微調整ではありません。
労働基準法の大改正に向けた、本格的な地ならしが始まっているのです。
元々出ていた労働法改正案はかなり見直しが入りそうな予感ですね。

そもそも「裁量労働制とは」何か?
裁量労働制を一言で表すと、「実際に何時間働いたかに関係なく、あらかじめ決めた時間だけ働いたものとみなす制度」です。
たとえば、労使協定で「みなし労働時間を8時間」と定めた場合、実際に6時間で仕事を終えても、逆に12時間かかっても、賃金計算上は「8時間労働した」と扱われます。
ビジネスにおいて、利益を最大化する基本は「固定費の変動費化」、あるいは「変動費の固定費化」の最適なコントロールにあります。
人件費は経費のかなりの比率を占めていますから、経済界から要望が大きい制度なんですよ。
ここで重要なのは、裁量労働制はあくまで「みなし労働時間制」であるという点です。
労働時間の規制そのものが外れるわけではありません。
深夜労働(22時~5時)や休日労働をすれば、割増賃金の支払い義務は残ります。
裁量労働制の2つの類型
現行法上、裁量労働制には2つの種類があります。
| 項目 | 専門業務型 | 企画業務型 |
|---|---|---|
| 対象 | 法令で定められた19業務(研究開発、デザイナー、弁護士等) | 事業の運営に関する企画・立案・調査・分析の業務 |
| 導入手続 | 労使協定の締結+届出 | 労使委員会の設置・決議+届出(より厳格) |
| 本人同意 | 2024年4月~必要 | 従来から必要 |
| 導入率(2024年) | 2.2% | 1.0% |
| 労働者割合 | 1.4% | 0.2% |
(出典:厚生労働省「令和6年就労条件総合調査」)
注目していただきたいのは、企画業務型裁量労働制の導入率がわずか1.0%、適用労働者の割合に至っては0.2%という数字です。
制度として存在していながら、ほとんど使われていない。
ここに今回の「見直し」の本丸があります。
「裁量労働制 デメリット」の真実:データが語る光と影
裁量労働制のデメリットとして真っ先に挙がるのが「長時間労働の温床になる」という批判です。
これは事実でしょうか。
厚生労働省の「裁量労働制実態調査」(2021年6月公表)によると、適用労働者の満足度は「満足」「やや満足」が合計で約8割という結果が示されています。
これだけみると良い制度ということになります。
しかし、裁量労働制適用者の1日の平均労働時間は8時間44分。非適用者の8時間25分と比べて約20分長い。
週の平均労働時間は、適用労働者が45時間台、非適用が43時間台という結果が出ています。
「たった19分」、「週に2時間」かと思われるかもしれません。
しかし、この数字には深刻な「見えない部分」が隠れています。
東京大学エコノミックコンサルティング社が同調査データを用いて行った回帰分析では、決定的な事実が浮かび上がりました。
裁量の程度が小さい労働者ほど、裁量労働制の適用によって週60時間以上の長時間労働に陥る確率が有意に高くなるのです(出典:厚労省 労働条件分科会資料, 2022年)。
つまり、「名ばかり裁量」の状態で制度だけ適用されると、労働者は時間管理の保護を失ったまま、際限のない労働を強いられるリスクがあるということです。
これこそが裁量労働制のデメリットの核心であり、「働かせ放題」という批判の根拠でもあります。
ホワイトカラーエグゼンプションとの違い
裁量労働制の議論になると、必ず登場するのが「ホワイトカラーエグゼンプション」という言葉です。
しかし、この2つを混同すると、改革の本質を見誤ります。
ホワイトカラーエグゼンプションとは、もともとアメリカで1938年に生まれた制度で、一定の要件を満たすホワイトカラー労働者を、労働時間規制そのものから「除外(exempt)」する仕組みです。
日本では2005年に経団連が導入を提言し、大きな議論を巻き起こしました。
その後、紆余曲折を経て2019年に「高度プロフェッショナル制度」として部分的に実現されています(年収1,075万円以上が対象)。
3つの制度の比較
| 項目 | 裁量労働制 | 高度プロフェッショナル制度 | 米国ホワイトカラーエグゼンプション |
|---|---|---|---|
| 法的性質 | みなし労働時間制(労基法38条) | 労働時間規制の適用除外(労基法41条の2) | 労働時間規制の適用除外(FLSA) |
| 残業代 | みなし時間超過分・深夜・休日は発生 | 原則なし(休日確保義務あり) | 原則なし |
| 年収要件 | なし | 1,075万円以上 | 週684ドル以上(約年530万円) |
| 対象範囲 | 限定的(19業務+企画型) | 極めて限定的(5業務) | 比較的広い(管理・運営・専門職) |
この表をご覧いただければ分かるとおり、裁量労働制はあくまで「みなし労働時間制」です。
労働時間規制そのものは残ります。
一方、ホワイトカラーエグゼンプション(日本版は高度プロフェッショナル制度)は、労働時間の枠組みそのものを外す制度です。
高市政権が目指す「裁量労働制の見直し」は、後者のような「労働時間規制の全面除外」ではなく、前者の「対象業務の拡大」と「手続きの緩和」が中心と見られています。
ただし、経団連が主張する「労使の話し合いで対象業務を決められる仕組み」が実現すれば、事実上、企画業務型裁量労働制の適用範囲が大幅に広がる可能性があります(出典:経団連タイムス, 2025年10月9日)。
働いて働いて働いて働いて働いてまいらせるられるのか?
ここで、一つ問いかけさせてください。
裁量労働制の是非を分けるのは「労働時間の自由」や「残業代の有無」ではありません。
企業が不確実性を誰に負担させるか、です。
業績目標は外部環境でブレます。
プロジェクトは炎上します。
顧客要求は増えます。
その不確実性を、評価制度と締切の設計で社員に丸投げする。
これが起きた瞬間、裁量労働制は「働かせ放題」という状況になりかねません。
「働いて働いて働いて働いて働いてまいらせる」になってしまうという話ですね。
逆に、成果の定義とプロセス管理、健康確保の仕組みを先に置く企業では、裁量は武器になります。
裁量労働の従業員の満足度が高いというデータが出るのも、今の時点では利用者は大手企業が多く後者が一定数あるからです。
むしろ問うべきは、「この制度が正しく運用されるための条件は何か」ということではないでしょうか。
投資家・管理職が見落としている「本当のリスク」
ここで、本記事の核心をお伝えします。
多くの論説は「裁量労働制の拡大は是か非か」という二項対立で議論を展開しています。
しかし、投資家と管理職が本当に注目すべきポイントは、そこではありません。
本当のリスクは、「裁量なき裁量労働制」が蔓延することです。
先ほどご紹介した東京大学の分析を思い出してください。
裁量の程度が小さい労働者に裁量労働制を適用すると、長時間労働の確率が跳ね上がる。
これは単なる「労働者がかわいそう」という話ではありません。
投資家にとっての意味
裁量労働制の拡大は、企業の人件費構造を変えます。
適切に運用されれば、生産性向上とコスト最適化が実現し、利益率の改善につながります。
日本は一人あたりの労働生産性が低いとよく言われますが、それが改善する可能性もありますね。
しかし、「名ばかり裁量」で残業代を削減するだけの企業は、短期的にはコスト減でも、中長期では優秀な人材の流出、メンタルヘルス問題の噴出、そして未払い残業代訴訟というリスクを抱えます。
投資判断において重要なのは、対象企業が裁量労働制をどのように導入しているか、労使委員会は機能しているか、従業員満足度はどう推移しているかという「定性情報」です。
IR資料の数字だけでは見えない、人的資本経営の質が問われる形になるでしょう。
管理職にとっての意味
管理職の皆さんにとって、最大の課題は「マネジメントの再定義」です。
裁量労働制の下では、「何時間働いたか」ではなく「何を達成したか」で部下を評価する必要があります。
これは簡単そうに聞こえて、実は非常に困難です。
なぜなら、日本の多くの企業では、業務の成果を定量的に測定する仕組みが整っていないからです。
裁量労働制の適用拡大に向けて、管理職が今すぐ始めるべきことは3つあります。
業務の「可視化」と「成果指標の設定」、そして「1on1の仕組み化」です。
部下の裁量を本当に保障できる環境を、先んじて整備することが求められます。
今日からできる3つの備え
それでは裁量労働制の見直しに備えてみなさんができることはなんでしょうか?
自社・投資先の「裁量度」を点検する
裁量労働制が適用されている(またはされる可能性のある)ポジションについて、実際にどの程度の裁量が与えられているかを確認してください。
業務遂行方法、時間配分、出退勤時間の3つの観点で評価するのが有効です。
裁量が形骸化していれば、制度改正の恩恵ではなくリスクを受ける側に回ります。
「成果の定義」を明文化する
裁量労働制の本質は成果主義です。
しかし、「成果」の定義があいまいなままでは、結局「長時間いる人が偉い」文化に逆戻りします。
管理職の方は、部下一人ひとりの「期待される成果物」と「達成基準」を、四半期ごとに文書化する習慣をつけましょう。
労政審の議論をウォッチする
現在、厚生労働省の労働政策審議会労働条件分科会で、裁量労働制の見直しを含む労働基準法改正の議論が進んでいます。
使用者側は対象業務の拡大と手続きの緩和を、労働者側は安易な拡大への反対を主張しており、今後の審議の行方が法改正の内容を直接左右します。
特に「労使で対象業務を決められる仕組み」が認められるかどうかは、最大の注目ポイントです。
おわりに:「制度を知る者」が勝つ時代へ
裁量労働制の見直しは、2026年の日本経済における最も重要なテーマの一つです。
この改革は、うまく設計されれば、日本の労働生産性を引き上げ、「時間」ではなく「価値」で報われる社会への一歩となり得ます。
一方で、制度の穴を悪用する企業が増えれば、「定額働かせ放題」の悪夢が現実になりかねません。
どちらに転ぶかは、制度設計の巧拙はもちろん、私たち一人ひとりの「制度リテラシー」にかかっています。
投資家であれば、企業の人的資本経営の質を見極める目を。管理職であれば、部下の裁量を真に保障するマネジメント力を。
働くすべての人が、自分のキャリアと働き方を主体的に設計する知恵を。
制度を「知っている」だけでなく、「使いこなせる」人が勝つ時代が来ています。
本記事が、その第一歩となれば幸いです。
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