年末に公表される税制改正大綱は、ひと言でいえば「来年度の税金の設計図」です。
投資の売買タイミング、住宅取得、給与計算(年末調整・源泉徴収)まで、広く影響が及びます。
ただし、大綱は“法律そのもの”ではありません。
大綱で方向性が示され、その後に法案化・国会審議を経て、はじめて税法として確定します。
したがって、私たちがやるべきは「結論を急ぐ」ことではなく、どこが確定で、どこが条件付きかを見分けることです。
本記事では、指定キーワードの中核である次の3テーマを、一次情報を軸に噛み砕いて整理します。
- 税制改正大綱 基礎控除引き上げ(いわゆる“年収の壁”を含む)
- 税制改正大綱 住宅ローン控除
- 税制改正大綱 暗号資産(分離課税化の方向性)
税制改正大綱とは何かをわかりやすく解説
税制改正大綱とは、翌年度以降の増税・減税などの新しい税制措置の内容をまとめた文書です。
与党の税制調査会が中心となって各省庁や業界団体からの要望を取りまとめ、ここで示された方向性が、年明け以降の税制改正法案の骨格になります。
つまり、投資家・経営者の意思決定にとっては「確定前でも、無視できない」情報です。
税制改正大綱から法律施行までの流れ
8月末までに各省庁から税制改正要望が提出され、秋から冬にかけて与党税制調査会で審議が行われます。
12月中旬に税制改正大綱が決定され、年末に閣議決定されます。
翌年1月召集の通常国会に法案が提出され、3月末までに可決・成立し、4月1日から施行されるのが通常のスケジュールです。
12月に決定される税制改正大綱の内容が、可決されれば翌年度の税制として実現されます。
ただし、現在は自民党が少数与党となっていますので、完全にそのまま通るのかはなんとも言えない部分もありますが。。。
いつから効く?—「適用時期」を必ずセットで確認する
税制は、改正内容ごとに施行日・適用開始年分が違います。
さらに、給与計算は年末調整や翌年の源泉徴収に跳ねるため、企業側は実務対応の期限が早くなりがちです。
実際、政府の総合経済対策でも「年末調整では160万円まで対応」としつつ、基礎控除の物価連動の引き上げは令和8年度改正で検討・結論といった整理がされています
税制改正大綱 2026(令和8年度)の全体像
今回(令和8年度=いわゆる「税制改正大綱 2026」)で、生活者・投資家の実感に直結しやすいのが次の3領域です。
1つ目が、基礎控除・給与所得控除まわり(いわゆる“壁”)。課税最低限を160万円から178万円へ引き上げる、という形で打ち出されています。
2つ目が、住宅ローン控除。子育て世帯等への上乗せ措置の延長・対象拡充が報じられています。
3つ目が、暗号資産。分離課税化等の検討が明記され、条件や範囲も踏み込んだ書き方になっています。
以下、順番に見ていきます。
基礎控除引き上げ:年収の壁問題
まずは、国民民主党が主張してきた基礎控除の引き上げからみていきましょう。
今回の税制改正大綱で最も注目を集めているといっても過言ではないでしょう。
いわゆる「年収の壁」の引き上げです。
「年収の壁」から見ると、ポイントは“課税最低限”の引き上げ
年収の壁とは、所得税がかかり始める年収ライン(課税最低限)のことです。
すべての納税者に適用される「基礎控除」と、会社員などに適用される「給与所得控除」の最低保障額を合計したものになります。
これまでの課税最低限は160万円でしたが、今回178万円まで引き上げられます。
ここで重要なのは、“壁”の議論が感情論に寄りやすい一方で、実務では どの控除がどれだけ動くかがすべて、という点です。

具体例:基礎控除・給与所得控除の最低保障額が動く
所得税の基礎控除(本則)が48万円から58万円へ10万円引き上げ、給与所得控除の最低保障額も65万円から69万円へ4万円引き上げられます。
- 所得税の基礎控除(本則):58万円→62万円
- 給与所得控除の最低保障額:65万円→69万円
さらに令和8年・9年分は、合計所得金額489万円以下の方に42万円の特例上乗せが行われ、控除額合計が178万円に達するよう調整されます。
その後は消費者物価指数(CPI)に連動して2年に1回のペースで見直す仕組みが導入されます。
会社員・役員の“見落としポイント”
会社員は「基礎控除」だけでなく「給与所得控除」の影響も受けます。
したがって、同じ“基礎控除引き上げ”でも、給与収入の人のほうが体感が出やすい設計になりがちです(もちろん、個々の所得構成で変わります)。
住民税は同じだけ動かない可能性がある
本文では、個人住民税について、所得税の控除見直しや地方税財源への影響等を勘案しつつ、非課税限度額や基礎控除等を検討し、令和8年度改正では給与所得控除の見直しに対応する旨が書かれています。
ここは実務的に大事で、給与明細の「住民税」がすぐに軽くなる、と短絡しないほうが安全です。
ちなみに国民民主党が選挙公約などで掲げていた減税額は、住民税も含まれたものでした。
住民税の方が負担が多い方も多いので、住民税も連動しないとなると減税額はかなり抑えられた片手落ちという結果に・・・
「物価に連動して控除を見直す仕組み」—大きいのは金額より“設計”
今回の大綱では、物価上昇に連動して基礎控除等を引き上げる仕組みの創設が示されています。
単年の数万円より、今後も定期的に見直され得るという設計変更のほうが、中長期ではインパクトが大きい可能性があります。
また、所得税の基礎控除等が定期的に見直されることを踏まえ、従来、所得税・住民税の所得や税額を参照してきた各種制度について、見直し後の基準のあり方を所管省庁で検討し必要対応する、といった趣旨も書かれています。
つまり「税だけ変えて終わり」ではなく、給付や負担の基準にも波及しうる、ということです。
住宅ローン控除の5年延長と子育て世帯への拡充
次は住宅ローン控除です。
まず前提:住宅ローン控除の仕組み(ざっくり)
住宅ローン控除は、住宅ローン残高の一定割合を所得税等から差し引く制度です。
制度の目的や骨格(控除率0.7%、控除期間など)は国交省や財務省資料でも整理されています。
ポイントは「自分の住宅がどの区分に入るか」「いつ入居分まで対象か」「必要書類(省エネ性能等)の要件を満たしているか」です。
住宅ローン控除の適用期限延長
現行の住宅ローン控除は令和7年12月31日入居分までが対象でしたが、令和12年(2030年)12月31日まで5年間延長されます。
認定長期優良住宅・認定低炭素住宅は4,500万円、ZEH水準省エネ住宅は3,500万円、省エネ基準適合住宅は3,000万円が借入限度額です。
控除率は年末ローン残高の0.7%で、控除期間は新築で最長13年間です。
既存住宅(中古)のうち省エネ性能が高い住宅へのテコ入れ
既存住宅のうち、省エネ性能の高い認定住宅・ZEH水準省エネ住宅について、借入限度額を引き上げる旨が記載されています。
床面積要件40㎡の特例範囲が既存住宅にも
床面積40㎡以上50㎡未満の中古住宅も対象に加わりました。
子育て世帯等の上乗せ措置が“既存住宅にも”広がる
本人が40歳未満で配偶者がいる方、または40歳以上で40歳未満の配偶者がいる方・19歳未満の扶養親族がいる方は「特定個人」として優遇されます。
認定住宅で5,000万円、ZEH水準省エネ住宅で4,500万円、省エネ基準適合住宅で4,000万円と、一般より500万円から1,000万円優遇されます。
控除期間13年の拡充(既存住宅側)
省エネ基準適合以上の既存住宅の控除期間を13年間に拡充し、省エネ性能の高い住宅取得を後押しする、という整理です。
土砂災害特別警戒区域の新築は適用対象外
逆に厳しくなったものもあります。
土砂災害特別警戒区域内の新築物件は適用対象外となります。
災害が多い地域の新築は対象とされなくなるってことです。
チェックすべきは「住宅の区分」と「証明」
住宅ローン控除は、税率の議論よりも、要件を満たすかどうかで結果が決まります。
省エネ性能区分、入居時期、床面積、所得要件、登記事項など、必要書類が揃わないと控除が使えません。
2026は特に「既存住宅×省エネ」「子育て世帯等」という組み合わせで、書類・要件の確認ポイントが増える可能性があります。
暗号資産の分離課税化で投資環境が大きく改善
次は暗号資産です。
こちらもかなり大きく変わります
現行制度の課題と分離課税化
現在、暗号資産取引による所得は雑所得として総合課税の対象であり、最大55%の税率がかかります。今回の大綱でついに分離課税化が盛り込まれました。
内容としては、資産形成に資する暗号資産について、現物取引だけでなくデリバティブ取引や暗号資産ETFの取引も含め、分離課税とすること、さらに暗号資産同士の損益通算や、損失の3年間繰越控除を可能とすることが記載されています。
そして最重要なのが但し書きで、これらは 投資家保護の観点からの法整備など、制度面の整備を行うことが前提とされています。
つまり、「来年から即20%」とは限らないってことです。
大綱は方向性を示しますが、前提条件が満たされなければ、実施時期や制度設計は変わり得ます。
3年間の損失繰越控除も創設
特定暗号資産の譲渡損失は3年間繰り越しが可能となり、翌年以降の譲渡益と通算できます。
適用開始日は「金融商品取引法の改正法の施行の日の属する年の翌年の1月1日以後」とされ、2028年1月以降にずれ込む可能性もあります。
105銘柄に対象が限定される?
なお、すべての暗号資産がこの改正の対象ではなく、105銘柄に限定されるという話もあります。
詳しくはこちらの記事で解説しておりますので、合わせてごらんください。

その他の改正
他にもいくつもの改正が入ります。
主なものをご紹介しましょう。
NISAの年齢制限撤廃で0歳から投資が可能に
現行NISAは18歳以上が対象ですが、年齢制限が撤廃され0歳から17歳も口座開設可能になります。
2023年末に廃止されたジュニアNISAの後継制度として、親が子ども名義で口座を開きつみたて投資枠を使う仕組みです。
年間投資上限額は60万円、非課税保有限度額は600万円とする案が浮上しています。引き出しは12歳から可能となる方向です。
賃上げ促進税制の見直し
全法人向けの賃上げ促進税制は令和8年3月31日で廃止されます。
中小企業向けは現状維持ですが、教育訓練費の上乗せ措置は廃止されます。
少額減価償却資産の上限引き上げ
即時償却可能な上限額が30万円から40万円に引き上げられます。
ただし従業員400人以上の法人は適用除外です。
最近はパソコンなど30万円オーバーとなってこの特例が使えないケースが多かったので、ありがたい話ですね。
メモリの価格高騰で40万円でも超えちゃうケースが多いと思いますが・・・

事業承継税制の特例承継計画提出期限延長
特例承継計画の提出期限が令和8年3月から令和9年12月まで延長されます。
青色申告特別控除の拡充
65万円控除対象者が電子帳簿保存を行う場合、控除額が75万円に引き上げられます。
駐車場代が非課税化
駐車場代が月5,000円まで非課税対象に追加されます。
食事代の非課税限度額引き上げ
食事代の非課税上限は月3,500円から7,500円へ、深夜残業時は1回300円から650円へ引き上げられます。
富裕層への課税強化
基準所得金額から1.65億円(現行3.3億円)を差し引いた金額に30%(現行22.5%)が課税されます。
詳しくはこちらの記事を御覧ください。

防衛特別所得税の創設
令和9年1月から所得税に1%の付加税が課されます。
ただし復興特別所得税が2.1%から1.1%へ引き下げられるため、当面の家計負担は増加しません。
消費税・インボイス関連
2割特例が「3割特例」に変更され、個人事業主に限り令和10年度まで延長されます。

2026年(令和8年度)税制改正大綱まとめ
年収の壁が178万円に引き上げられ、年収665万円以下の約8割の納税者が減税対象となります。
住宅ローン控除は令和12年まで5年延長され、子育て世帯への優遇も継続されます。
暗号資産は分離課税化で税率が最大55%から20%へ軽減され、3年間の損失繰越控除も可能になります。
NISAは年齢制限撤廃で0歳から投資可能になります。
今後のスケジュールは、12月26日に閣議決定、2026年1月の通常国会で審議、3月末までの成立を目指します。
実際の改正の実施時期は内容によって異なりますが、2026年4月からのものが多くなります。
なお、元資料は自民党の公式サイトで公開されています。
>>令和8年度与党税制改正大綱(PDF)
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